コラム

「3.9+5.1=9.0」が、どうして減点になるのか?

2016年12月01日(木)17時30分

 次に「2×3=6は正解だが、3×2=6は不正解、同じように2+3=5は正解だが、3+2=5は不正解」という話ですが、これも似たような理由です。まず、掛け算の場合は、「鉛筆を一人につき2本配りました」そして、その配った対象人数は「3人でした」という「生活実感」から「掛け算」という「新しい概念」を理解させる場合には、逆にすると混乱して「掛け算を理解できない」というケースが出るというのです。

 また「足し算」の場合も、「ある状態に何かを加える」という「増加」と、2つのものをまとめるという「合併」は「別の概念」として、生活実感から「足し算」を理解させるアプローチが徹底して取られるようになっています。その場合に「合併」なら順番を入れ替えてもいいのですが、「ビフォー」と「アフター」のある「増加」のストーリーの場合は、前後の入れ替えを認めると「生活実感からのストーリー性が破綻して足し算がわからなくなる」危険があるというわけです。

 では、多くの「親の世代」が子供だった時代にはなかった、このような「厳格性」が導入されているのは何故なのでしょうか? それは「日本文化独特の形式主義が暴走した」とか「管理教育が強化された」からではありません。

【参考記事】女性と若手が校長になれない、日本の学校の旧態依然

 そうではなくて、そのような「生活実感からのストーリー性」を丁寧に追わないと、小数とか、足し算、掛け算の導入で「つまずく」子供が増えているからです。また、従来は「落ちこぼれ」になっていたそのような生徒に対して、教育現場が何とかしようという努力を強めた結果でもあります。

 ということであれば、この措置は正しいのでしょうか?

 とんでもありません。まず低学年では「入れ替えは禁止」として、手のひらを返したように高学年では「許可」するという矛盾や二度手間、あるいは多くの現場で起きているだろう「本音としては合っているが、ルールなので一点減点」という説明は、そもそも算数や数学の持っている「究極の合理性」というカルチャーに反します。そんな中で、「小学生にプログラミング教育を」などというのは笑止千万でしょう。

 そして家庭における「憤慨する親の教育への不信感が子供のモチベーションを傷つける」という問題もあるでしょう。更には「塾ではいいが、学校ではダメ」といった「悪しき本音と建前の使い分け」を子供に強制することにもなります。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

尹大統領の逮捕状発付、韓国地裁 本格捜査へ

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 4
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 5
    女性クリエイター「1日に100人と寝る」チャレンジが…
  • 6
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 7
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 8
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
  • 9
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 10
    本当に残念...『イカゲーム』シーズン2に「出てこな…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 5
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story