コラム

小学校で必要な「プログラミング的思考」とは何か?

2016年07月15日(金)17時20分

 例えば、筆算に定規を使えという方針が一部にあるようです。ノートを綺麗にするのが学力向上の基本だというのですが、中には、横書きの式における「+」や「-」「=」の記号まで定規で書けなどという指導もあるそうで、無茶な話だと思います。数学というのは個人が「論理という道具の使い手」になるためのものですが、これでは子どもを「形式の奴隷」にしてしまうだけです。

 別に100%否定するつもりはありません。手書きのノートが乱雑になってしまうために、計算が苦手になるような生徒には効果的な指導かもしれないからです。ですから、定規反対派の教員になると一律に禁止したりするそうですが、それも形式主義ということは変わりません。要するに計算というタスクの中にある「目に見えない論理」の軽視や、本質に外れた「縛り」が多すぎるのです。

 もっと深刻なのが、いわゆる「帰納的な思考法」を重視する余りに、「生活実感から概念に到達するまでのストーリー」が長すぎるという問題です。そして、そのストーリーに付き合わされる間は論理性と直感性が混じった思考が強いられるので、大変に非効率です。

 例えば、掛け算の場合は「30円のものが4個」という計算は「30かける4」がマルで、「4かける30」はバツだとか、割り算の場合も「一人2個ずつ配ると何人に配れるか?」という話と「5人に分けると一人あたり何個になるか?」という話を「わざわざ分けて」やっていたりします。

【参考記事】日本の生徒は「儀礼的」に教師に従っているだけ

 似たような問題としては、小学校では、マイナスの概念を扱わないことになっているということがあります。そこにあるのは「マイナス1個のリンゴ」というようなものを「目に見える形」で表現することはできない、従って生活実感から説明できない「抽象概念」だから小学校では扱わないという思想です。その思想が問題なのです。

 この頑固な思想ですが、70年代に一時的に「数学教育の現代化」という方針で集合論の導入などが行われましたが、その後「落ちこぼれを生む」などの理由で、「ゆとり」へと大きく方向性が変わっています。その際に集合論の教育は小中から「追放」されてしまい、今でも元には戻っていません。その「現代化否定論」というのが問題だと思います。

 プログラムというのは、最終的には人類の生活におけるニーズを満たすという目的で書くものですから、生活実感との関係は大切です。ですが、それはあくまで要件定義の外側の部分であって、アルゴリズムを作って実際に1ステップずつのプログラムを書くというのは、抽象的な論理の表現以上でも以下でもありません。

 とにかく乗法の場合は順序を入れ替えても結果は同じとか、「マイナスの概念」や「集合論の基礎」というような「最低限の抽象的な論理性」が教えられないのでは、「プログラミング的思考」も何もあったものではないと思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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