コラム

オバマ政権が見透かす、シリア情勢に介入したロシアの「動機」

2015年10月08日(木)18時25分

 それにも関わらず、オバマ政権は動きません。こうした一連の「オバマの軍事外交」については、アメリカの野党・共和党からは「弱腰」だという批判が続いています。そもそも「反アサド勢力への援助を真剣に行わなかった」こと、そして「アサド政権が反政府勢力に対してサリン攻撃を行った」際に「ロシアの仲介でサリンの廃棄をする」という「甘い」取引に乗ったこと、これに加えて「ロシアやシリアに近いイランとの核交渉」で合意に至ったこと、こうした流れの「全てが弱腰だ」というのです。

 では、本当にオバマは弱腰なのでしょうか? 個人的にセンチメンタルな平和主義に傾斜しているとか、イラクやアフガニスタンとの戦争に疲れた世論に迎合しているのでしょうか? そして、アメリカはオバマという「弱腰な大統領」によって「世界の警察官」から完全に降りてしまったのでしょうか?

 私は違うと思います。オバマ政権は「ロシアの動機」を見抜いています。ロシアがシリアの領内で異常なまでに活動をエスカレートさせている背景には、原油価格とルーブル安の問題がある、それがオバマ政権の見方です。

 産油国ロシアは、国際的なエネルギー価格の低迷に苦しんでいます。中国経済のスローダウンなどを受けて再び歴史的な安値圏にある原油価格は、あらためてロシア経済を追いつめており、通貨のルーブルも1ドルが60~70ルーブルと下落しています。

 そんな中で、仮にシリア情勢が緊迫化すれば、中東全体に戦火が及ぶことも考えられ、原油価格が上昇する可能性があります。悪く言えば、そのような情勢を作り出すためには、シリア情勢が「混沌化すればするほど」良いわけです。

 ちなみに、ロシアが原油価格の下落要因となりかねない「イラン核合意」に乗った背景には、イランの核開発がなくなれば西欧の「ミサイル防衛構想」がスローダウンするという思惑からであって、いずれにしても「原油の高値誘導」がロシアにとっての国益だという構図に変化はありません。

 対するオバマの姿勢は一貫しています。自国内ではシェールガスの開発を進める一方で原発の新規建設を許可するなど、エネルギーの多様化を進めて中東の石油への依存度を下げ、原油安誘導政策を続けてロシアを追いつめているのです。

 オバマ政権としては、ロシアのシリア介入に対して激怒しながらも、シリアを舞台にした(あるいはウクライナも加えた)「米ロ代理戦争」をエスカレートさせる気は「さらさらない」のです。その計算には根拠があり、「弱腰」という批判は当たらないと思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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