コラム

成熟国家日本からなぜ「イスラム国」に参加したいのか

2014年10月09日(木)11時30分

 もう1つの問題はそこにあります。現代の先進国社会が抱える問題は、人口動態にしても格差にしても、大変に複雑な利害で成り立っています。それを単純な理念によって再分配することはもはや不可能であり、複雑に錯綜した利害対立を、丁寧に解きほぐしながら、できるだけ中長期の視点で最適解を見出し、その最適解に社会的合意を近づけていくという大変な作業が必要です。為政者や官僚だけでなく、そうした社会に生きる一人一人もまた「複雑系の中での最適解」を求める生き方が必要なのです。

 そうした中で、その「複雑さ」に向き合うことなく、単純に「イスラエルは悪だ」とか「欧米は悪だ」という善悪二元論に引き寄せられるというのは、要するに逃避なのです。複雑さの中で暫定的な最適解を探し、更に微修正をし続けるとか、3つ以上の利害関係の錯綜を解きほぐすといった「生き方」ができないから、逃げとして、敗北として「パレスチナ解放戦線」だとか「イスラム国」のことを「絶対的な善」と勘違いして興味を持つのです。

 ここに最大の問題があります。イスラエルとパレスチナの紛争にしても、シリアやイラクのスンニ派の宗派問題にしても、実は複雑さということでは変わらないのです。利害調整の必要な対象は、どの問題にも三者とか四者が絡んでいますし、短期的な戦術と、中長期のビジョンはしばしば相反します。「生命のやり取り」が絡む分だけ、平和な日本の若者の雇用問題とか、格差問題よりももっと複雑かもしれません。

 そんな「複雑な世界」に「単純な善悪を求めて」行くのは悲しいほどに滑稽であり、おそらくは先方の足手まといになるのが関の山であり、そして「使い捨て」にされる可能性が大であり、結果的に自分の人生の生きた証などにはならないでしょう。そのことを、徹底的に説いてやるべきだと思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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