コラム

米旅客機内の「リクライニング・トラブル」頻発、その原因は?

2014年09月04日(木)12時51分

 ちなみに、最初の事件で問題になった「ニー・ディフェンダー」という「グッズ」ですが、いわゆる旅行用の「ニッチ・アイディア商品」です。最近のエコノミーのシートの構造、つまり座席を傾けても後席用のテーブルは水平を保つ機構を逆手に取って、テーブルの回転軸を「ブロックして」しまうものです。そうすると、座席を傾けることができなくなるという寸法です。

 このグッズの製造元は「身長が6フィート6インチ(195センチ)の私は、急に前の乗客がシートを傾けるとケガをするので、やむなくこの道具を使用しています」という、前席の客への「説明用マナーカード」を同梱するなど、商品名を含めて「膝のガード用」だとしています。ですが、それはあくまで建前で、今回の事件のように「ラップトップ使用」などのケースを想定しているのだと思います。

 ちなみに、アメリカの各大手の航空会社はこの「ニー・ディフェンダー」の使用を禁止しているそうですが、徹底はされていない中で起きた事件と言えます。

 それにしても、アメリカでどうしてこのような事件が頻発しているのでしょう?

 一つには、2001年の「9・11同時多発テロ」の記憶が完全に薄れる中で、乗客の中に「ハイジャックが怖い」という緊張感が消えたということがあります。9・11以降のアメリカの航空機には、お互いに「怪しい行動は止めよう、それが安全確保と、お互いの安心のため」という強い「空気」が続いていました。その雰囲気が消えてしまったということがあります。

 一方で、乗員は厳しいマニュアルに縛られています。多少のトラブルでも機長に報告し、機長は管制に報告する。するととにかく直近の空港に降機して問題の客を降ろせという判断になります。彼等としては依然として緊張感をもって仕事をしているということがあります。

 これに加えて、昨今のアメリカの航空事情がストレスを生んでいるということもあるでしょう。収益性を追求するために、大手3大航空会社は、チケットの「高値安定」を続けています。最近でも、燃油付加運賃が下がった分だけ格安クラスの発券を抑えて実質値上げをしてみたりと、各社の価格政策はかなり巧妙で乗客には不満が広がっています。その一方で、機内サービスはどんどんカットされています。

 さらに、アメリカの通常の国内線客は「手荷物をチェックしたがらない」ため、機内持ち込みのキャリーバックを持ち込むのですが、その収納スペースは争奪戦になるし、そのために全員が搭乗するには時間がかかるしといったストレスもあります。航空会社の上級会員は優遇されるので、不公平感による不満を持つ乗客もいるでしょう。そうした機内が「ストレスの高い世界」になっているという問題があると思います。

 ですが、アメリカ人が(2番目の事件は外国人ですのでちょっと違いますが)様々なストレスを抱える中で、そもそもはアメリカの社会に根強くあった「初対面の人にはナイスにする」とか「利害が衝突したら、お互いに柔軟に解決する」といった、生活の知恵を失い始めているのかもしれません。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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