コラム

尖閣問題とオスプレイを「結び付けない空気」の研究

2012年10月05日(金)10時24分

 米海兵隊MV-22垂直離着陸プロペラ輸送機(オスプレイ) は、空中給油なしの航続距離が普天間から魚釣島のレンジを確保する一方で、簡易ヘリポートは備えるものの、本格的な滑走路の建設は難しい同島に要員を急派するには適切な輸送機であると考えられます。

 であるにも関わらず、オスプレイの普天間配備と、尖閣をめぐる緊張とを結びつける議論はほとんど行われていません。それは、まるでタブーのような雰囲気があります。正に「空気」と言って良いでしょう。

 では、どうして普天間のオスプレイと尖閣問題を結びつける議論は、一種のタブーになっているのでしょうか? 以前にこの欄で「腹芸」という表現で同様の議論をしたことがありますが、改めて「空気」として考えてみたいと思います。

 この「空気」の背後には、以下の3つの問題があるように思われます。空気の種類としては、利害が錯綜し、問題が複雑化した場合に「誰も口に出して言わなくなる」という「複雑系」の空気に大別されるべきものだと考えられます。

1)沖縄のオスプレイへの忌避感情は、現在「負担」という、これまた曖昧な言い方で表現される、騒音や環境の問題、事故への懸念に由来しています。同時に、この忌避感情は非武装の安全保障という沖縄独自のカルチャーに裏付けらているという理解ができます。18世紀の琉球王国は、薩摩藩と清国への「両属」という異例の国境戦略を取りましたが、これは正に武装をせずに国境を防衛するという生活の知恵であったわけです。沖縄戦という悲惨な歴史に加えて、この伝統のことを思うと、オスプレイの忌避について「対中利敵行為」だなどと論難するのは著しく礼節を欠くことになるわけです。

2)米軍の観点から見ますと、中国を過度に刺激はしたくないわけです。別に中国を恐れているのではないと思います。元来オスプレイという輸送機は、カネに糸目をつけない最新ハイテク兵器というよりも、汎用性の高さを、つまりは効率化のために開発された兵器です。つまり、軍事バランスにおける費用対効果が大事であって、配備したために緊張が高まるというのは本意ではないと考えられます。

3)尖閣の問題で石原都知事を支持しているような、日本の本土の保守派というのは、国土防衛に絡めて、旧軍の名誉回復であるとか、更には自主防衛とか核武装などということを言い出しかねないわけです。そうなると、米軍としては、カネとリスクを負担して日本の防衛の任に当たるというヤル気が失せる危険があります。その意味で、尖閣とオスプレイを結びつけて本土の保守派に派手に評価されるということは、米軍もそんなに望んでいないのかもしれません。

 では、こうした問題は余りに複雑なのでこのまま「空気」として、あるいは「腹芸」としておくしかないのでしょうか? 違うと思います。特に、1)の沖縄の非軍事・非暴力のカルチャーに関しては、どこかの時点で中国に対しても、侵略を許さないという毅然としたメッセージとして発信されるべきと思います。

 勿論、現状においては、日中の対立エネルギーを煽りたくないというのが恐らくは沖縄の非暴力カルチャーからは、自然な態度として出てきているのだと思います。ですが、それが中国に対して誤ったメッセージ、つまり中長期的に「沖縄の本土からの離反という流れが作れるかもしれない」という誤解を喚起させることになっては大変です。

 オスプレイ反対運動というのは表面的には、「在日米軍に守られているからこそ可能になるファンタジー」に見えるかもしれません。ですが、その深層においては、沖縄の人々は静かに将来を見据えながら、熟考を始めているのではと思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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