コラム

ボビーがボストン監督、これは手強いという2つの理由

2011年12月02日(金)12時57分

 ESPNというスポーツ専門局の「サンデー・ベースボール」といえば、東部時間午後8時の全国中継に合わせて特別に「この日のベスト対決」としてナイトゲームが組まれることになっており、アメリカの野球中継の中では最高の格式のある番組です。そのレギュラー解説は、長年ジョー・モーガンという往年のレッズの名二塁手が務めていたのですが、今年からは元メッツ、元千葉ロッテ監督のボビー・バレンタイン氏が担当していました。

 同氏は、平日にも「ベースボール・トゥナイト」という日本で言えば、昔の「プロ野球ニュース」に当たる人気番組のメインの解説者も務めていましたから、アメリカの野球解説者の中でも最高の地位にいたわけです。事実、同氏の解説は作戦や用兵の詳細から、選手の心理まで非常に面白い話が多かったので、人気も確かなものがありました。

 しかし、そうしたポジションを蹴ってレッドソックスの監督に就任するというのですから、驚きました。私は30年以上のヤンキースファンですので、これは脅威です。レッドソックスは今年の9月に、球史に残る「崩壊」を遂げて、名将と言われたフランコーナ前監督がクビになりましたし、過去8年間このチームに関して大胆で緻密な人事を行なってきたテオ・エプスタインGMまで去っていたのです。ヤンキースの視点から見れば「これはチーム再建には数年かかるだろう」と安心していたのですが、ドンデン返しを食らった感じです。

 バレンタイン監督はどうして手強いのか、2点挙げてみたいと思います。

 一つは、何と言っても闘志あふれる指揮ぶりでしょう。レンジャースで8年弱、メッツで6年強、合計2189試合という豊富な経験と野球というゲームを知り尽くしたところから繰り出される戦術は一流だと思いますが、特に闘志をむき出しにした姿勢が、選手の力もひき出すしファンの共感も得てきたように思います。特に2000年のワイルドカードから勝ち上がってワールドシリーズに進出したシーズンの熱い指揮ぶりは印象的でした。

 また2001年に9・11のテロ被災を受けた際には、被災地の球団として公式戦再開後はあと一歩でプレーオフというところまで迫る戦いをしたことも、ニューヨークの野球ファンにはいつもでも語り継がれるエピソードでしょう。今回のレッドソックスは、正に「闘志を喪失」してしまって崩壊したと言えるわけで、そこにこの「闘将」がやってくるというのは、的を得た人事だと言えます。

 特に、大型契約で迎えられながら熱狂的なファンの期待感に押しつぶされた感のあるシンディ・クロフォード選手、好投しながら詰めの甘さの出たベケット、レスターの左右エースなどの「再生」には、彼のようなリーダーシップが必要だとも言えるでしょう。

 もう一つは、日本野球を知り尽くしていることです。千葉ロッテマリーンズの監督を95年、そして2004年から09年と通算7年間指揮し、特に2005年には日本シリーズ、アジアシリーズを制しているわけです。この間の指揮ぶりは、メジャー流の合理主義を貫きながら、日本的な緻密さも習得していったようで、それが現在の野球知識に深みを与えていると言っていいでしょう。

 日本野球を経験し、米国の流儀に加えて緻密な作戦を交えたスタイルを持つ指導者は、アメリカでは成功している例が多くなりました。現役の監督でも、フィリーズに黄金時代を築いているマニエル監督(元ヤクルト、近鉄)、ロッキーズのトレーシー監督(元横浜)などがいますが、この両者はあくまで日本野球の経験は選手としてだけです。ですが、バレンタイン監督の場合は、日本での一軍監督経験を豊富に持っているわけで、日本野球の理解度はまた一段と深いと思われます。

 考えてみれば、ここ8年間のボストン・レッドソックスというのは、豪快な攻撃と力で抑えこむ投手力で勝ってきたわけで、その歯車が狂う中で今年の「大崩壊」に至ったわけです。この点でも、バレンタイン監督が日本式の緻密な作戦を持ち込むということは、相当な効果が期待できるでしょう。

 ちなみに、一部の報道では右肘の手術から復帰が期待される松坂大輔投手について、バレンタイン監督なら「日本流を知っているから、マイペースの投込みなどを許してくれるだろう」というような憶測があるようです。これは私は違うと思います。

 松坂投手の「投込み」にこだわる姿勢は、自分を自信に誘導するメンタルコントロールが下手なために「練習量を根拠にそれを自信にする」というストラテジしか持っていない、それだけだと思います。この投手の場合は「ゼロツー(2ストライク)」と追い込んでから勝負のタイミングがつかめずに歩かせて自滅するケースが多いのですが、メンタルコントロールが下手というのは、こうした点にも明らかです。

 バレンタイン監督はそうした点を恐らく見抜いているのだと思います。その上で、彼なりの理論とコミュニケーション能力で、松坂投手の再生を進めてゆくのではないかと思います。具体的に言えば、投球数の限定や、投込みの禁止などについては、これまで以上に厳しく管理しつつ、「どうして管理が必要なのか? 肘の故障を再発させないためにはどうしたらいいのか?」といった点に関しては丁寧に説明するのではと思われます。

 そんなわけで、エルズベリー+ペドロイヤ+ゴンザレスという「1・2・3番」に加えてクロフォードが機能し、ピッチャーではベケット、レスター、松坂が再生して活躍するようだと、ヤンキースとしては困った状況になるわけです。これに加えて、噂の域を出ませんがダルビッシュや和田のようなクレバーな投手まで獲得するようだと、これは大変です。そうなのですが、「伝統の一戦」が活性化するというのは、野球の醍醐味としては素晴らしいことには違いないわけで、私も来季は「ボビーのレッドソックス」に注目したいと思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

グリーンランドに「フリーダムシティ」構想、米ハイテ

ワールド

焦点:「化粧品と性玩具」の小包が連続爆発、欧州襲う

ワールド

米とウクライナ、鉱物資源アクセス巡り協議 打開困難

ビジネス

米国株式市場=反発、ダウ619ドル高 波乱続くとの
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ関税大戦争
特集:トランプ関税大戦争
2025年4月15日号(4/ 8発売)

同盟国も敵対国もお構いなし。トランプ版「ガイアツ」は世界恐慌を招くのか

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    公園でひとり歩いていた老犬...毛に残された「ピンク色」に心打たれる人続出
  • 2
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止するための戦い...膨れ上がった「腐敗」の実態
  • 3
    凍える夜、ひとりで女性の家に現れた犬...見えた「助けを求める目」とその結末
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 6
    米ステルス戦闘機とロシア軍用機2機が「超近接飛行」…
  • 7
    「やっぱり忘れてなかった」6カ月ぶりの再会に、犬が…
  • 8
    「ただ愛する男性と一緒にいたいだけ!」77歳になっ…
  • 9
    コメ不足なのに「減反」をやめようとしない理由...政治…
  • 10
    関税ショックは株だけじゃない、米国債の信用崩壊も…
  • 1
    公園でひとり歩いていた老犬...毛に残された「ピンク色」に心打たれる人続出
  • 2
    ひとりで海にいた犬...首輪に書かれた「ひと言」に世界が感動
  • 3
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    凍える夜、ひとりで女性の家に現れた犬...見えた「助…
  • 9
    「やっぱり忘れてなかった」6カ月ぶりの再会に、犬が…
  • 10
    ロシア黒海艦隊をドローン襲撃...防空ミサイルを回避…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    公園でひとり歩いていた老犬...毛に残された「ピンク色」に心打たれる人続出
  • 3
    ひとりで海にいた犬...首輪に書かれた「ひと言」に世界が感動
  • 4
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛…
  • 5
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の…
  • 6
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 7
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 8
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 9
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story