コラム

ペイリン? ギングリッチ? 迷走する共和党の「顔」

2009年06月12日(金)11時00分

 私の住むニュージャージー州では、今年の秋に知事選が行われます。現職は投資銀行として好調だった時期のゴールドマンサックスのCEOから政界に転じたジョン・コーザイン知事。ウォール街出身ながら民主党という知事は、財政危機と戦ってきた実績を訴えています。これに対して、共和党はクリス・クリスティ候補で対抗の構えで、両者拮抗する激しい選挙戦が既に繰り広げられています。

 新人のクリスティ候補が善戦している理由は、とにかく財政です。景気後退による税収不足に対して、コーザイン知事は消費税率アップを含む増税で対応しており、州民としてはそろそろ共和党知事で州政府のリストラをしてもらっても良いかもしれない、そんなムードがあるのです。

 守勢に立った現職のコーザイン知事は、「クリスティ候補(共和)」は「銃規制や中絶反対の保守派」というTVコマーシャルを大量に流しました。増税かリストラかという争点に持ち込まれるのを避けて、あくまで「あの保守的な共和党で良いんですか?」と問いかけて、クリスティ候補を全国レベルの共和党の不人気に結びつける戦略です。

 これに対しては、クリスティ候補から「露骨なネガティブ・キャンペーンだ」という抗議があったのですが、コーザイン知事派は「共和党候補を共和党と呼ぶのが何でネガティブなのか?」と「反撃?」するという何とも奇妙な話になっているのです。

 こうしたドタバタの背景には、現時点でのアメリカの政局における共和党の位置づけが混乱しているという問題があります。まず、中央政界ではオバマ大統領の圧倒的な人気に押されて、共和党はすっかり萎縮しています。今回の最高裁判事候補、ソトマイヨール判事に関しても共和党としてはとても承認拒否には持ってゆく力はないようです。

 その一方で、地方、特に草の根保守としては彼等の「重要な」価値である「銃保有の権利」や「中絶禁止」といった主張がどんどん守勢に立っているという焦りがあります。この問題では、妊娠中絶医の暗殺、白人至上主義者のホロコースト博物館での乱射事件など、偶然とはいえ、彼等にとっては不利になる事件が続いており、その分、危機感は深いのです。

 例えば今週の月曜日8日にワシントンで行われた共和党の資金集めパーティーでは、当初はこうした「草の根保守」に配慮して基調演説をペイリン・アラスカ州知事(前副大統領候補)に頼んでいたらしいのですが、直前になって「小さな政府論」のシンボルともいうべきギングリッチ元下院議長に変更され、ペイリン支持派が激しく抗議するという一幕もありました。

 共和党の混乱には、このエピソードが示すように「草の根保守のイデオロギー」を優先するのか、「小さな政府論」を掲げてオバマ政権に対抗するのかという激しい対立があるのです。ただ、私には、ギングリッチ支持派の方には「オバマ大統領とガイトナー財務長官の金融危機対策」が「失敗すること」を前提とし、それを期待しているような姿勢が見えるのです。米社会が不況で苦しんでいる今現在、オバマ政権の「失敗」を待つというのは余りにも不謹慎で、その意味でギングリッチ氏自身も動き方には難しさを感じているようです。

 共和党の党勢回復があるとしたら、最初に紹介したニュージャージー州の場合はどうなるかは分かりませんが、他の州も含めて新しい共和党知事が出てきて州財政が改善できて、その実績の中から新しい行政手腕を持った人材が現れる、そんな流れができなくてはダメではないかと思います。少なくともペイリンかギングリッチかというような「昔の名前」で暗闘をしているヒマはないのです。共和党の「迷い」は当分続きそうです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

焦点:ウクライナ巡り市民が告発し合うロシア、「密告

ワールド

台湾総統、太平洋3カ国訪問へ 米立ち寄り先の詳細は

ワールド

IAEA理事会、イランに協力改善求める決議採択

ワールド

中国、二国間貿易推進へ米国と対話する用意ある=商務
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 2
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 5
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 6
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 7
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 8
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 9
    プーチンはもう2週間行方不明!? クレムリン公式「動…
  • 10
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 10
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story