Picture Power

【写真特集】積み重なる風景~「陰と陽」が過去から背負うもの

PAST AND PRESENT OF SANIN -SANYO

Photographs by Seido Kino

2024年09月02日(月)11時23分
『陰と陽と』作品紹介

【山陰】 山陰の中山間地域は、高度成長期から若者が都市に流出した。島根県奥出雲町では人口が1955年あたりをピークに現在は4割まで減り、今年4月から2年で10の小学校が2つに再編される。それらの多くは創立150周年を迎える歴史ある学校。保護者は子供のクラスメートが増えることは歓迎しつつも、寂しい思いを抱える。 (古写真協力:佐伯広夢氏)

<風景は過去の欲望や希望の帰結。写真家・紀成道が現代から過去をさかのぼり「逆算」して描きだす、高度成長期から連なる山陰と山陽の物語と未来への伝言>

高度経済成長の時代に、誰がこの未来を予測しただろう。日本は戦後、製造業により急速に発展すると同時に人口が偏り、過疎と過密という課題を抱えた。私はこの作品『陰と陽と』で、人口が対称的に増減した山陰と山陽の町の移り変わる風景から「各世代が背負うもの」を見いだそうと試みた。成長で得るもの、失うもの、変わらず残り続けるもの──ありふれた眺めに潜む歴史をのぞき込む。

私はものづくりに憧れて製鉄に関わる工学系の大学院に進んだが中退して写真家となった。鉄への関心は胸にとどまり、7年前から古来の「たたら製鉄」が残る島根と、高炉による近代製鉄で栄える広島を繰り返し訪ねている。中国山地を挟んだ、のどかな山間とにぎやかな沿岸。それぞれが魅力的に写る両地域の景色から現在に至る道を探った。

風景は過去の欲望や希望の帰結だ。背景を掘り起こし来た道をさかのぼる、つまり「逆算する」ために地域の人に60年以上も前の写真を探す協力を仰いだ。すると団塊世代の方々が喜んで古いアルバムを引っ張り出し、興奮気味に当時の話をしてくれた。熱を帯びた彼らの様子は当時の日本の勢いを表すようで、私はときめきを感じると同時に、記録媒体である写真の価値の高さを再認識した。そして、その時代を生きてきた一人一人の努力が、過去から現在につながっていることを知った。

過疎地が抱える問題の解を求め、住民たちが地域活性化を模索する日々が続くが、たとえ解を得たとしても、全ての地域に当てはまる公式にはなり得ない。いつの時代も、人がより良くありたいと願って試行錯誤し、課題を克服あるいは残置した積み重ねが地域を多様にしているからだ。

19世紀の英国の物理学者J・C・マクスウェルは「この世界は、合理的な人の頭の中にある確からしさを考慮した、確率の微積分に従っている」と言った。現代は不可逆的に変化が速く不確実性も高い。未来にはどんな風景が広がるのだろうか。目前にある光景を後に語るとき、思い出話は暗いのか、明るいのか。それは誰にも予測できない。

<次ページで写真8点を紹介>

Photographs by Seido Kino

撮影:紀 成道 1978年、愛知県名古屋市生まれ。「人、もの、場所、時間、思考の接点で、ものごとは起こり、異質間の相互作用こそ我々に気づきを与える」という考えに基づき、日本を日本たらしめている何かを探る。本作『陰と陽と』は今年4月に写真祭KYOTOGRAPHIEのKG+SELECTで発表し、島根を撮影した写真展『風と土と』が、現在、東京・新宿のニコンサロンで開催中(9月3日から16日まで)。両作を収めた新刊写真集『かぜとつちと x elements』(赤々舎刊)が9月24日に発売される

<新刊写真集>
『かぜとつちと x elements』 (赤々舎)
写真・執筆:紀 成道
デザイン:中島 雄太
言語:日英併記
9月24日(火)各書店で発売
(下記の写真展会場で先行販売予定)

<写真展>
『風と土と x elements/Earth』
会期:2024年9月3日(火)〜9月16日(月)
時間:10:30-18:30(日曜休館 最終日は15:00まで)
会場:ニコンサロン(東京・新宿)
詳細は上記リンク先をご覧ください。

 【連載20周年】 Newsweek日本版 写真で世界を伝える「Picture Power」
    2024年9月10日号 掲載

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ロシアがICBM発射、ウクライナ空軍が発表 初の実

ワールド

イスラエル軍、ガザ北部の民家空爆 犠牲者多数

ビジネス

米国は以前よりインフレに脆弱=リッチモンド連銀総裁

ビジネス

大手IT企業のデジタル決済サービス監督へ、米当局が
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 2
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱が抜け落ちたサービスの行く末は?
  • 3
    「ワークライフバランス不要論」で炎上...若手起業家、9時〜23時勤務を当然と語り批判殺到
  • 4
    習近平を側近がカメラから守った瞬間──英スターマー…
  • 5
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 6
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 7
    クリミアでロシア黒海艦隊の司令官が「爆殺」、運転…
  • 8
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」…
  • 9
    若者を追い込む少子化社会、日本・韓国で強まる閉塞感
  • 10
    70代は「老いと闘う時期」、80代は「老いを受け入れ…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国」...写真を発見した孫が「衝撃を受けた」理由とは?
  • 4
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 5
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 6
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
  • 7
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 8
    建物に突き刺さり大爆発...「ロシア軍の自爆型ドロー…
  • 9
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 10
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    秋の夜長に...「紫金山・アトラス彗星」が8万年ぶり…
  • 7
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 10
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story