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【写真特集】フクシマの10年、新たな出発
A NEW CHAPTER IN LIFE
Photographs by SOICHIRO KORIYAMA
福島県浪江町で酪農を営んでいた三瓶利仙・恵子夫妻は、原発事故で故郷を追われた後も避難先で何とか酪農を続けようと奮闘した
<原発事故に故郷を追われた酪農家夫妻の、懸命に生き方を模索し続けた10年>
東日本大震災による津波被害を受けた東京電力福島第一原子力発電所で、全ての電源を失った末に水素爆発が発生してからもうすぐ10年。三瓶利仙(としのり)さん(65)の自宅がある福島県浪江町の津島地区は、放射性物質による被害のために帰還困難区域に指定され、いまだに立ち入りが厳しく制限されている。
酪農家だった利仙さんと妻の恵子さんを僕が初めて撮影したのは、2011年4月9日。事故直後に一旦は猪苗代町へ避難していた2人だったが、乳牛たちを見殺しにはできないと自宅へ戻り、被曝のリスクを承知で懸命に世話を続けていた。未曽有の災害による被災者たちの軌跡を、少しの変化も逃すことなく記録したいと考えた僕は、10年間利仙さんたちを撮り続けた。
国が定めた避難期限が迫った11年5月末、利仙さんは西に30キロほど離れた本宮市に空きの牛舎を見つけ、同業で親戚の今野剛さんと共同で酪農を継続することにした。原発事故に奪われた生活を何としても取り戻したいという強い意志で危機を脱した2人は、本宮の牛舎で移転前と変わりなく暮らしているように見えた。しかし、牛舎は賃貸になり、自家栽培していた牧草は放射能被害のために飼料として使えなくなった。経費が増す苦しい経営の中で、福島産の農産物には逆風が吹いた。
13年に津島へ一時帰宅した時、空になった牛舎で、利仙さんがじっとたたずんでいた。「あんなことさえ起きなければ」と喪失感に押しつぶされそうな横顔――いま思えば、この場所で続いたはずの生活は、いくら努力や忍耐を重ねても同じ形で戻ることはないという事実を、少しずつ受容し始めた時期だったのかもしれない。いつもは深刻な話も最後には冗談に変えて場を和ませ、決して弱さを見せない利仙さんだが、この時ばかりは様子が違った。僕には掛ける言葉が見つからなかった。以来、あの牛舎にいる利仙さんを見たことはない。
心の整理に費やした歳月
赤字の補塡に東京電力からの補償金を充てながら、事業を軌道に乗せようともがくなかで、牛の堆肥処理問題が起きた15年の冬、利仙さんは酪農の継続を断念した。当時は、なぜもっと早く廃業しなかったのかと、しきりに後悔を口にしていた。だが、懸命に最善を模索しながら、心を整理するために費やした4年数カ月は決して無駄ではなかったと、僕は思いたい。10代から酪農一筋に打ち込んできた利仙さんにとって、命懸けで守った牛は生活の糧というだけではなく生きがいであり、人生そのものだったのだから。
翌16年には心機一転、大玉村に新居を建て、車で20分の場所に購入した土地を、できる限り自らの手で整地していた。この頃からカメラに納まる利仙さんには、防戦一方の状態から攻めの姿勢に転じたような前向きな空気が感じられるようになっていた。現在は馬10頭を抱える牧場主となり、毎朝5時に起床して厩舎へ向かう。コロナ禍のアウトドア志向を反映して乗馬をする客が訪れる日もあり、今回は災害がほんの少しだけ利仙さんの味方をしているようだ。
大玉で始めた新しい暮らしの中でも、いつの日か先祖代々受け継いだ土地に戻ることを励みにしてきたが、昨年ついに、津島で守り続けた先祖の墓所を移転した。「もう帰る用事はない」と、利仙さんは言う。今年1月時点の浪江町の人口は震災前の10%にも満たず、町内に残る帰還困難区域の除染の見通しはいまだ示されない。ようやく落ち着いた利仙さんの暮らしは、もはや「避難生活」ではない。
原発事故の影響で福島県の11市町村に出された避難指示はこれまでに順次解除され、ピーク時で16万人超だった県内外への避難者の数は、1月末で約3万6000人とされる。ここで紹介できたのは利仙さんたち1世帯だけれど、あの日発生した原子炉の暴走が、全ての被災者一人一人に課した長い試練があることを忘れてはならない。
10年にわたる利仙さんの変わりゆく人生の記録をこうして振り返ると、僕が写したのは、度重なる試練に対峙しながらも、一貫して変わらなかった利仙さんの真っすぐな生き方でもあった。残念だが、現状では津島への帰還を果たす利仙さんを撮る日が来るとは思えない。今は、この地に根を張り、いつまでも変わらぬ利仙さんたちを撮り続けることができるよう願っている。
――郡山総一郎(写真家)
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