コラム

スワローズ戦の3塁席で僕が失った表現の自由

2017年07月20日(木)12時40分

球場でもダイバーシティを志すことが大事 ferrantraite-REUTERS

<神宮球場で「相手チームの応援は禁止」というルールを守った日、日本式コミュニケーションの落とし穴に改めて気付いてしまった――>

ヤクルトファンはつらいよ。

今まであまり公表したことはないが、僕はひそかにヤクルトスワローズを応援している。理由は、彼らの屈しない勇敢な野球精神に惚れたってところ......というより、スタジアムがわが家の近くにあるという都合の良さに尽きるのかもしれないけど。

でも、20年も連れ合えば、情が移ってしまう吸引力がヤクルトにはある。今は大好き。

ヤクルトファンがつらいのは間違いないが、それは負け続けるからではない。確かに、「都民ワースト」と巧みに揶揄されている今年は特にひどいが、以前から「負ける」ことにはそれなりに免疫ができている。同じヤクルトファンの村上春樹さんもエッセイに書いているが、「まあ人生、負けることに馴れておくのも大事だから」という思いで観戦する同志が多い。

逆に、弱くても応援するのがヤクルトファンのプライドだ。先日、神宮で聞いた私設応援団長の言葉がそれを表していた――「勝っているチームを快適に応援するのは他の球団でできること! 雨に濡れながら、負けているチームを一生懸命応援するのはヤクルトファンの宿命だ! これからだぜ! 声を出そう!」。その直後、ヤクルトの打線は三者凡退。試合もぼろ負け。

【参考記事】アメリカの部活動は、なぜ「ブラック化」しないのか

実のところ、ヤクルトファンの僕にとってつらいのは負けることよりも、ホームゲームだというのに、人気チームと対戦するときのアウェイ感が半端ないところ。

以前、阪神戦の日、いつも通り当日券を買おうと「指定席を1枚ください」と言ったら、販売員が「申し訳ございません。ヤクルト側しか残っていません」と謝ってくれた。いやいや、ここは神宮球場だし。僕はヤクルトの帽子をかぶってるっていうのに、あなたはタイガースファン前提で話すんだね。試合開始前からデッドボールを食らった気分だった。

そんな仕打ちを受けたってへこたれない。先月、家族で日本ハムとの交流戦を見に行ったとき、うれしいことが起きた。ヤクルト側が売り切れだった。「とうとうスワローズブームが来たか?」と微笑みながら、喜んで3塁側の席に座ることにした。

しかし、またそこで悲劇だ。買った後に気づいたが、チケットの表面に「こちらの座席で相手チームの応援、応援グッズの着用、使用は禁止です」と書いてある。「まあ、変なルールだけど、そもそも日ハムの応援をしようと思ってなかったからいいか」と思った。

しかし、席に着いた瞬間に分かったのは、この場合の「相手チーム」はヤクルトのことだった。つまり神宮球場にいながらも、ホーム・チームの応援はできないことになる。息子の「山田哲人」コールを止めるのは大変だった。

ちなみに、上で触れた村上春樹さんのエッセイの題名は皮肉にも「球場に行って、ホーム・チームを応援しよう」なのだ。
 
(さて、もちろん野球の話だけでニューズウィークのコラムを終わらせるわけにはいかない。これからが本題のプレーボールだ。)

プロフィール

パックン(パトリック・ハーラン)

1970年11月14日生まれ。コロラド州出身。ハーバード大学を卒業したあと来日。1997年、吉田眞とパックンマックンを結成。日米コンビならではのネタで人気を博し、その後、情報番組「ジャスト」、「英語でしゃべらナイト」(NHK)で一躍有名に。「世界番付」(日本テレビ)、「未来世紀ジパング」(テレビ東京)などにレギュラー出演。教育、情報番組などに出演中。2012年から東京工業大学非常勤講師に就任し「コミュニケーションと国際関係」を教えている。その講義をまとめた『ツカむ!話術』(角川新書)のほか、著書多数。近著に『パックン式 お金の育て方』(朝日新聞出版)。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

日本製鉄、山陽特殊製鋼を完全子会社に 1株2750

ワールド

ノルウェーで欧州懐疑派政党が政権離脱、閣僚の半数近

ビジネス

日経平均は小幅に3日続伸、方向感欠く 個別物色は活

ビジネス

午後3時のドルは154円台を上下、トランプ関税や日
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ革命
特集:トランプ革命
2025年2月 4日号(1/28発売)

大統領令で前政権の政策を次々覆すトランプの「常識の革命」で世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
  • 4
    今も続いている中国「一帯一路2.0」に、途上国が失望…
  • 5
    東京23区内でも所得格差と学力格差の相関関係は明らか
  • 6
    ピークアウトする中国経済...「借金取り」に転じた「…
  • 7
    「やっぱりかわいい」10年ぶり復帰のキャメロン・デ…
  • 8
    フジテレビ局員の「公益通報」だったのか...スポーツ…
  • 9
    血まみれで倒れ伏す北朝鮮兵...「9時間に及ぶ激闘」…
  • 10
    DeepSeekショックでNVIDIA転落...GPU市場の行方は? …
  • 1
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 2
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 3
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果が異なる【最新研究】
  • 4
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
  • 5
    緑茶が「脳の健康」を守る可能性【最新研究】
  • 6
    DeepSeekショックでNVIDIA転落...GPU市場の行方は? …
  • 7
    血まみれで倒れ伏す北朝鮮兵...「9時間に及ぶ激闘」…
  • 8
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 9
    今も続いている中国「一帯一路2.0」に、途上国が失望…
  • 10
    煩雑で高額で遅延だらけのイギリス列車に見切り...鉄…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のアドバイス【最新研究・続報】
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 5
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀…
  • 6
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 9
    中国でインフルエンザ様の未知のウイルス「HMPV」流…
  • 10
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story