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【大江千里コラム】かつてピアノ少年・少女だったあなたへ
音大を目指す先生はピアノとオペラの練習のために離れを借りていた。そこへ通っていたある日、縁側から先生の名前を呼ぶと誰かが先生と一緒に中にいた。今でも覚えている。いま僕はお呼びじゃない、と子供ながらに思い駆け出した。
「どうしてこの前レッスンに来なかったの?」と先生に尋ねられ口ごもりながら、いつしか練習も滞りピアノをやめた。
「将来後悔しないならやめてよし」。父の言葉にうなずいて友達の輪に戻り、野球をする代わりにピアノからは遠のいていった。
数年後、中学生になった僕は作詞作曲をしてピアノを弾き歌うシンガーソングライターのまね事を始める。「後悔するな」という父の言葉をオールに、再び音楽の舟をこぎ始めた。傍らにはいつもピアノがいて、ユミ先生の「千里くんはプロになれるわ」というひとことが背中を押してくれていた。
つい先日、SNSで先生を探し、それらしき人に連絡してみた。「ユミ先生ではないですか?」と。すると心の籠もった返事が返ってきた。「あなたが音楽を続けてきたことを私は離れた場所でいつも見守っていたのですよ」。彼女はパリでオペラ歌手として活躍されていた。
自分だけの先生だと思っていた人に自分の知らない世界があると知ったあの日。ショックを受けて止まった時間が、再び動きだす。2月は「感謝」を伝えるタイムトラベルの月なのだ。
<本誌2020年2月25日号掲載>
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