コラム

ヒエラルキーの大逆転!インフルエンサーカップルが豪華客船難破で経験する極限状態『逆転のトライアングル』

2023年02月22日(水)17時36分

『逆転のトライアングル』 スウェーデンの鬼才リューベン・オストルンド監督の新作は再びカンヌ国際映画祭でパルムドールに輝いた。Fredrik Wenzel (C)Plattform Produktion

<売れっ子のモデルでインフルエンサーと、落ち目の男性モデルのカップルは、豪華客船のクルーズに参加するが船が難破。無人島で起きる極限状態......。スウェーデンの鬼才リューベン・オストルンド監督の新作は再びカンヌ国際映画祭でパルムドールに輝いた>

スウェーデンの鬼才リューベン・オストルンド監督の新作『逆転のトライアングル』は、コラムでも取り上げた前作『ザ・スクエア 思いやりの聖域』(17)につづいて再びカンヌ国際映画祭でパルムドールに輝いた。

売れっ子のモデルでインフルエンサーでもあるヤヤと、落ち目の男性モデルのカールのカップルは、招待を受けて豪華客船のクルーズに参加する。そこは、ロシアのオリガルヒ(新興財閥)や、軍需産業で財を築いたイギリス人老夫婦など、富豪たちが贅沢三昧のバケーションを満喫し、高額のチップを目当てにどんな要求にも応えるスタッフが笑顔を振りまく華やかな世界だ。

だが、アルコール依存症の船長が職務を怠るような行動をとったことから、乗客乗員は混乱に陥る。船は難破し、さらに海賊に襲われて破壊されてしまう。ヤヤとカールを含む何人かの乗客、スタッフ、クルーは無人島に流れ着く。彼らには食料も水も通信手段もない。そんな状況のなかで、主導権を握ったのは、魚を捕り、火も起こせるなど、サバイバル能力に長けた船の掃除係アビゲイルだった──。

救命艇は、ゲーテッド・コミュニティのような特権の象徴に

本作のなかで、視覚的に最も強烈なインパクトを放つのは、客船の船長が乗客をもてなすキャプテンズ・ディナーの場面だろう。アルコールのせいで冷静な判断ができなくなっている船長は、低気圧が接近する最悪のタイミングを選んでしまう。そのため、贅を凝らした料理が次々に振る舞われるものの、乗客は船酔いに苦しみ、会場は修羅場と化していく。

但し、乗客はただ船酔いに苦しむのではない。パーティのような設定は、オストルンドにとって格好のターゲットになる。たとえば、『インボランタリー』(08)では、誕生日パーティのホストが、準備した花火を誤って顔に受けてしまうが、対面を保つため苦痛に耐えつづける。『ザ・スクエア〜』では、美術館が開催したパーティで、猿に成りきるパフォーマンスがエスカレートしても、出席者たちは必死に平静を装い、行動を起こそうとしない。本作でも、乗客が平静を装おうとすることで状況が悪化し、嘔吐合戦が巻き起こる。

また、本作にはオストルンドの別の関心も読み取れる。彼は以前のインタビューで、特権的な集団が自分たちを周囲から遮断する極端な例として、スウェーデンにも登場するようになった"ゲーテッド・コミュニティ"にたびたび言及していた。

本作の世界にもそんな関心が反映されているように思える。富豪の接客にあたるスタッフはみな白人で、船の下層階では、料理や清掃を担当するアジア系やアフリカ系のクルーが働いている。無人島では、そんなヒエラルキーが逆転することになるが、オストルンドは救命艇を使ってそれを巧みに強調してみせる。

清掃係のアビゲイルを乗せて海岸に漂着した救命艇は密閉型で、外部から遮断することができる。主導権を握ったアビゲイルは、その救命艇を占有し、彼女の許しを得た者だけがそこで過ごすことができる。そんな救命艇は、ゲーテッド・コミュニティのような特権の象徴になっている。

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

相互関税は即時発効、トランプ氏が2日発表後=ホワイ

ワールド

バンス氏、「融和」示すイタリア訪問を計画 2月下旬

ワールド

米・エジプト首脳が電話会談、ガザ問題など協議

ワールド

米、中国軍事演習を批判 台湾海峡の一方的な現状変更
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 6
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 7
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 8
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 9
    【クイズ】2025年に最も多くのお金を失った「億万長…
  • 10
    トランプが再定義するアメリカの役割...米中ロ「三極…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 3
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥーが解明される...「現代技術では不可能」
  • 4
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 5
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 6
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 7
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story