19世紀フランスに深刻な分断を引き起こしたドレフュス事件『オフィサー・アンド・スパイ』
これに対して、ホセ・フェラー監督の『私は告発する(原題)』(58)では、ドレフュスが主人公になり、フェラー自身が演じている。物語は事件が起こる前から始まり、冒頭からエステラジーのスパイ行為が描かれる。参謀本部で研修中のドレフュスは、ユダヤ人であることを自覚し、人一倍努力している。そんな彼がスパイの容疑をかけられたことを知ったエステラジーは、反ユダヤの新聞に情報を流し、彼を追い詰めていく。
一方、ケン・ラッセルが監督したTV映画『逆転無罪』(91)では、ピカール中佐が主人公になり、リチャード・ドレイファスが演じている。真犯人を示す証拠をつかんだピカールは、上官から圧力をかけられ、左遷させられ、投獄されても信念を曲げない。個人的な名誉を重んじる彼は、ユダヤ人が嫌いだと言いつつ、軍が裏切り者を守り、無実の人間に恥辱を与えることを断じて許さない。
では、ポランスキーは事件をどう描いているのか
では、ポランスキーは事件をどう描いているのか。冒頭では、陸軍士官学校の校庭におけるドレフュスの軍籍剥奪が描かれ、彼は悪魔島に送られる。情報局局長のピカール中佐が、差し押さえた一通の気送速達を手がかりに、エステラジーを疑い、信頼できる警官を選んで捜査を進めていく。
その後の展開は、ピカールを主人公にした『逆転無罪』に近いようにも見えるが、本作には独自の視点が埋め込まれ、ピカールを単純に主人公とはいえなくなる。その視点のヒントになるのは、ポスターにも使われている本作のメインカットだ。そこではピカールとドレフュスが向き合っている。本作では、ふたりの立場や距離が次第に変化し、深く結びつけられていくのだ。
本作の冒頭で、ドレフュスの軍籍剥奪をオペラグラスで見ていたピカールは、その様子を「まるで破産して嘆くユダヤの仕立て屋だ」と表現する。それにつづくピカールと友人たちのハイキングは、ある種の伏線ともいえる。
友人たちは、ドレフュスの裁判の話題を持ち出し、カトリックの将校であれば公判になったはずだが、ユダヤ人差別のため非公開になったと、それが当然のことのように語り合う。これに対してピカールは、国家安全保障に関わる裁判だから非公開になったと説明する。そんなピカールはある出来事を思い出している。教官として研修生たちを指導していた彼は、そのひとりドレフュスから、自分の成績が悪いのはユダヤ人だからかと尋ねられたことがあった。
情報局局長として捜査を進めるピカールは、新たな事実が出てくるたびに、ドレフュスに関わる自身の姿勢や行動を振り返るようになる。スパイの調査が始まったとき、ピカールは教え子たちの書類の提出を求められる。ところが、ドレフュスが本部で唯一のユダヤ人だと判明した瞬間、彼が容疑者となり、他の書類が吟味されることはない。ピカールはただそれを見ていた。
ドレフュスの非公開の裁判でも、ピカールはドレフュスを有罪に持ち込むために助言をしていた。有罪を証明する機密情報があると聞かされ、それを信じたからだ。ところが、局長としてその機密情報を確認したピカールは、それがでっち上げであることに愕然とする。自分が反ユダヤ主義にからめとられようとしていることに気づいた彼は、圧力を受けても真実を明らかにしようとする。その結果、ドレフュスと同じような立場に追いやられる。
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