コラム

ホモフォビア(同性愛嫌悪)とアメリカ:映画『ムーンライト』

2017年03月30日(木)16時50分

バリー・ジェンキンス監督『ムーンライト』(c)2016 A24 Distribution, LLC

<本年度アカデミー賞作品賞、他2部門受賞。黒人少年の愛と成長の軌跡が描き、ホモフォビア(同性愛嫌悪)を通してアメリカの問題を鮮やかに浮き彫りにする映像詩>

本年度アカデミー賞で作品賞に輝いたバリー・ジェンキンス監督『ムーンライト』では、シャロンという黒人少年の愛と成長の軌跡が描き出される。舞台となるマイアミのリバティ・シティは、黒人が集中して暮らす荒廃した地域だ。物語は3部構成で、3人の俳優がそれぞれに10歳、16歳、そして大人になったシャロンを演じている。

麻薬中毒の母親と暮らす内気な少年シャロンは、学校でいじめられている。ある日、いつものようにいじめっ子たちに追われていたシャロンは、麻薬ディーラーのフアンに助けられ、彼が父親的な存在になっていく。高校生になったシャロンは、相変わらず学校で孤立していたが、幼なじみの同級生ケヴィンにだけは心を許すことができた。ふたりは親密な関係を築くかに見えるが、ある事件が彼らの運命を変えてしまう。

大人になったシャロンは、身体を鍛え上げ、フアンと同じ麻薬ディーラーになっている。そんな彼のもとにある夜、突然ケヴィンから電話がかかってくる。

映画の原作は、黒人でゲイでもある劇作家タレル・アルバン・マクレイニーの自伝的な戯曲「In Moonlight Black Boys Look Blue」。監督のジェンキンスはゲイではないが、彼らはともにリバティ・シティで育ち、ドラマにはそれぞれの個人的な体験が反映されている。

ホモフォビア(同性愛嫌悪)という重要なテーマ

低予算で作られたこの映画に描かれるのは個人的で小さな世界だが、そこには黒人やLGBTの枠を超えたホモフォビア(同性愛嫌悪)という重要なテーマが埋め込まれている。

ルイ=ジョルジュ・タン編『<同性愛嫌悪(ホモフォビア)>を知る事典』に詳しく書かれているように、アメリカではヨーロッパと違い、同性愛が政治に直結し、激しい価値観の対立を生み出してきた。50年代に吹き荒れたマッカーシズムでは、共産主義と同性愛が結びつけられ、国家反逆を目的とした犯罪とみなされた。79年にレーガンが当選を果たしたのは、古き良きアメリカの家族を神聖視することが、宗教団体と共和党を一体化させる原動力になったからだった。そのレーガンが掲げた「家族の価値」はホモフォビアと不可分の関係にある。

前掲書では、そんな歴史も踏まえ、アメリカにおけるホモフォビアの意味が以下のようにまとめられている。


 「同性愛問題は今日でもなお、さまざまな民族共同体間の力関係に直結し、それによって社会を組織する団結力が強められると同時に、また同性愛問題は宗教という土台にも直結し、さらにはまた、国家としては世界第一位の強国という立場にも直結する問題なのである。この意味で、合衆国における同性愛嫌悪とは一つの政治的立場なのであり、それこそが同性愛嫌悪という言葉の最も厳密な意味でもあるのだ」

この記述は、現在のアメリカにも当てはめることができる。先の大統領選でトランプは、キリスト教保守派で、ホモフォビアの代表とも評されるマイク・ペンスを副大統領候補に選び、そんな「政治的立場」が選挙戦の行方に少なからぬ影響を及ぼした。

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story