コラム

「報道の自由への重大な脅威」を再認識させられる『ニュースの真相』

2016年07月25日(月)16時30分

映画『ニュースの真相』 (c) 2015 FEA Productions, Ltd. All Rights Reserved

<アメリカのニュースキャスターのダン・ラザーが降板に追い込まれたブッシュ大統領の軍歴詐称疑惑に関するスクープと、「偽造」との断定。その裏に秘められた深層とは...>

ブッシュ大統領の軍歴詐称疑惑、この事件の内実が描き出される

 アメリカ・CBSの看板報道番組「60ミニッツII」のアンカーマンを務めていたダン・ラザーが降板に追い込まれた原因は、2004年9月に報じたブッシュ大統領の軍歴詐称疑惑に関するスクープが大きな問題になったからだった。ジェームズ・ヴァンダービルト監督『ニュースの真相』では、この番組を担当し、取材チームを率いたCBSのベテラン・プロデューサー、メアリー・メイプスの視点を軸として、この事件の内実が描き出される。

 再選を目指すブッシュ大統領と民主党のジョン・ケリーの間で大統領選が繰り広げられている2004年。メアリーと番組スタッフたちはブッシュの軍歴詐称疑惑をスクープし、全米にセンセーションを巻き起こす。ところが、その根拠となる文書を保守派のブロガーが「偽造」と指摘したことから、信憑性を疑問視する意見がネットに拡散していく。さらに、大手メディアもそれに追随し、メアリーたちは批判の矢面に立たされる。これに対して、CBSの上層部は、外部調査委員会の設置を決定し、メアリーとスタッフは厳しい追及に晒されていく。

 メアリーはこの事件によってCBSを解雇され、この映画の原作である『Truth and Duty: The Press, the President, and the Privilege of Power』(日本語版『大統領の疑惑』は7月26日発売予定)を発表した。本書は、メアリーが自身の歩みと事件を振り返る手記であり、事件の最中に上層部から発言を禁じられていた彼女の反論も盛り込まれている。そんな手記をいま映画化すれば、事件を蒸し返しているように見えかねないが、映画には別の意味が込められているように思える。

"kill the messenger"(悪い知らせを持ってきた者を責める)

 筆者がこの原作で注目したいのは、文中に出てくる"kill the messenger"という表現だ。それは、悪い知らせを伝えた者を責めることを意味する。メアリーはこの言葉を、彼女たちを攻撃したブッシュ支持の様々なグループの行動に潜む意図を表現するために使っている。彼女たちの取材は裏付けが不十分で、責められても仕方がないのに、こういう表現を使えば、都合がよすぎると思われるかもしれない。筆者も彼女の主張をただ鵜呑みにしようとしているわけではない。

 この言葉から筆者がまず連想したのは、カナダのジャン=フィリップ・トランブレ監督のドキュメンタリー『Shadow of Liberty』(12)とマイケル・クエスタ監督の劇映画『Kill the Messenger』(14)で取り上げられているゲイリー・ウェブの事件だ。地方紙サンノゼ・マーキュリー・ニュース紙の記者だったウェブは90年代半ばに、80年代に全米に蔓延して問題になったクラック・コカインが、CIAが支援するニカラグアの反革命組織コントラの資金源になっていたことをスクープした。しかし、CIAはそれを否定し、大手メディアも記事の信憑性を疑い、ウェブを攻撃した。サンノゼ・マーキュリー・ニュース紙は記事を取り下げ、ウェブは僻地に飛ばされ、孤立し、最後は自殺したとされる。

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 8
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 9
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 10
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 4
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 9
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 10
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story