コラム

中国を外に駆り立てるコンプレックス

2018年05月31日(木)13時00分

新たに登用されたのは、李作成上将(統合参謀部参謀長)、苗華上将(政治工作部主任)、張昇民中将 (軍規律検査委員会書記)で、委員数は8人から4人 に半減した。中央軍事委員会は、構成員が全体で11人から7 人へと減少したのである。

党大会以前に新たに登用されると予想されていた、韓衛国上将(陸軍司令官)、宋普選上将(後勤保障部長)、丁来杭中将(空軍司令官)、沈金竜中将 (海軍司令官)は中央軍事委員会入りしなかった。 このうち2名は福建省での勤務経験があり、習近平氏が「自らが信頼する福建閥で中央軍事委員会を固める」という予想は外れたともいえる。

しかし、陸軍司令官、海軍司令官、空軍司令官がいずれも中央軍事委員に登用されなかったという中央軍事委員会の人事の結果は、軍種の権威を低下させるという別の意義を浮き立たせた。指揮系統にある統合参謀部参謀長が中央軍事委員に残り、管理系統である各軍種司令官を外したことは、部隊を管理する者たちの権威を下げ、習近平中央軍事委員会主席を頂点とする統合された1本の指揮系統の権威を高めたのだといえる。

一方の軍備増強に関しては、現在、中国が高い優先順位を与えているのは、中東等の地域に軍事プレゼンスを示すこと、及び米国の中国に対する軍事力行使を抑止することである。中国は19大において「海洋強国」を目指すことを宣言したが、「海洋強国」を実現するのに海軍の近代化は欠かせない。その中国海軍の装備で象徴的なものが、空母である。

中東は、中国にとって「一帯一路」の地理的意義的中心でもある。中国は、自らの経済発展を保護するために、必要とされる地域に軍事力を展開して影響力を維持しなければならないと考える。中国が自ら不足していると考えるパワー・プロジェクション(戦力投射)能力の最たるものが空母なのである。2017年4月に大連において初の国産空母を進水させており、同時に建造している055型駆逐艦とともに、パワー・プロジェクション能力を構築しようとしているのだ。

また、米国に対する抑止力として中国が重視しているのが核兵器である。MIRV(Multiple Independently-targetable Reentry Vehicle)化された新型の大陸間弾道ミサイル(ICBM)であるDF-41が、2018年中にも配備されるといわれる。中国が対米抑止力を重視するのは、米国との軍事衝突を避けたいからに他ならない。

中国は、通常兵器による戦闘では米国に勝利できないことを理解している。19大における習近平総書記の「報告」においても、世界一流の軍隊になるのは今世紀半ばとされている。中国は、2つ目の百年である2049年頃に、ようやく米国に比肩する軍事力を保有できると考えているのだ。

軍事力で米国に及ばない間、中国は、他の地域における軍事プレゼンスを高めることで自らの権益を保護しつつ、外交努力によって米国の圧力をかわさざるを得ない。北朝鮮が米朝首脳会談を前に中国の後ろ盾を求めたことも、中国にとっては対米カードの一枚となるかもしれない。

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プロフィール

小原凡司

笹川平和財団特任研究員・元駐中国防衛駐在官
1963年生まれ。1985年防衛大学校卒業、1998年筑波大学大学院修士課程修了。駐中国防衛駐在官(海軍武官)、防衛省海上幕僚監部情報班長、海上自衛隊第21航空隊司令などを歴任。安全保障情報を扱う「IHSジェーンズ」のアナリスト・ビジネスデベロップメントマネージャー、東京財団研究員などを経て、2017年6月から現職。近著『曲がり角に立つ中国:トランプ政権と日中関係のゆくえ』(NTT出版、共著者・日本エネルギー経済研究所豊田正和理事長)の他、『何が戦争を止めるのか』(ディスカバー・トゥエンティワン)、『中国の軍事戦略』(東洋経済新報社)、『中国軍の実態 習近平の野望と軍拡の脅威 Wedgeセレクション』(共著、ウェッジ)、『軍事大国・中国の正体』(徳間書店)など著書多数。

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