コラム

中国を外に駆り立てるコンプレックス

2018年05月31日(木)13時00分

そして、「新時代」の目標を掲げるには、現在の党中央に鄧小平氏に並ぶ権威が必要とされる。経済構造の改革等、痛みを伴う改革を実施しなければ、中所得国の罠に陥らずに経済発展を継続することができないからである。そのため、習近平氏個人に権力を集中し、党中央の権威を向上させようとするのだ。

習近平氏個人に権力を集中することには、党中央に一定のコンセンサスが存在すると考えられる。権威の低下が、党中央共通の危機意識を生んでいるからだ。鄧小平氏が導入した市場経済は、共産党の計画経済と相容れず、必然的に共産党の権威の低下を招いた。中国共産党は、中国を経済発展させることによって自らの存在を正当化してきたが、計画し管理することを存在意義とする共産党の権威の低下は免れなかったのである。

2018年3月5日から20日まで開催された全国人民代表大会(全人代)において、李克強首相を始めとする国家機関指導者や閣僚たちが、こぞって「習近平『新時代』」を叫んだのは印象的だった。

習近平主席は、閉幕式の演説で「中国の社会主義は『新時代』に入った」と宣言し、今世紀半ばまでに、米国と肩を並べる「社会主義近代化強国」を建設するとの目標を改めて示した 。

習近平氏への権力集中が一層進んだのは誰の目にも明らかだった。2期10年という国家主席の任期制を撤廃する憲法改正や、習近平氏を国家主席に、李克強氏を首相に再選させるとともに、王岐山氏を国家副主席に異例の登用をする人事などが行われたのだ。

人民解放軍の相対的権威の低下は、こうした党中央の権威の相対的向上に関係している。そして、人民解放軍の権威の低下は、中央軍事委員会委員の人事に象徴的に見ることができる。2017年9月1日までに中央軍事委員会の構成員が「規律違反」の疑いで相次いで拘束された後に決定された人事である。同年10月18日から中国共産党第19回全国代表大会(19大)が開催されたが、党大会直前の中央軍事委員の大量摘発は異例である。

この時期に、習近平総書記の進める権力掌握をめぐって党内闘争が激化しているとの見方もあった。しかし、19大に引き続いて開催された、共産党第19期中央委員会第1回総会(1中総会)で決定された中央軍事委員会の構成員を見ると、習近平氏と胡錦濤氏の権力闘争とは異なる側面が浮かび上がる。

軍種の権威を低下させる人事

選出された中央軍事委員は以下の通りである。まずは、前副主席の許其亮上将(元空軍司令官)だ。前委員の張又俠上将(前装備開発部長)も留任し新たな副主席となった。張氏と習近平氏は、父親同士が戦友で、信頼関係が深いとされる。もう1人、留任したのが魏鳳和上将(前ロケット軍司令官)である。

プロフィール

小原凡司

笹川平和財団特任研究員・元駐中国防衛駐在官
1963年生まれ。1985年防衛大学校卒業、1998年筑波大学大学院修士課程修了。駐中国防衛駐在官(海軍武官)、防衛省海上幕僚監部情報班長、海上自衛隊第21航空隊司令などを歴任。安全保障情報を扱う「IHSジェーンズ」のアナリスト・ビジネスデベロップメントマネージャー、東京財団研究員などを経て、2017年6月から現職。近著『曲がり角に立つ中国:トランプ政権と日中関係のゆくえ』(NTT出版、共著者・日本エネルギー経済研究所豊田正和理事長)の他、『何が戦争を止めるのか』(ディスカバー・トゥエンティワン)、『中国の軍事戦略』(東洋経済新報社)、『中国軍の実態 習近平の野望と軍拡の脅威 Wedgeセレクション』(共著、ウェッジ)、『軍事大国・中国の正体』(徳間書店)など著書多数。

筆者の過去記事はこちら

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ECBの次回利下げ、9月より後になる公算=リトアニ

ワールド

トランプ氏、日本に貿易巡る書簡送付へ 「コメ不足な

ワールド

米政権がロス市提訴、ICE業務執行への協力制限策に

ビジネス

米国株式市場=S&P・ナスダック最高値更新、貿易交
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた発見の瞬間とは
  • 2
    普通に頼んだのに...マクドナルドから渡された「とんでもないモノ」に仰天
  • 3
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。2位は「身を乗り出す」。では、1位は?
  • 4
    「パイロットとCAが...」暴露動画が示した「機内での…
  • 5
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 6
    ワニに襲われ女性が死亡...カヌー転覆後に水中へ引き…
  • 7
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 8
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 9
    飛行機のトイレに入った女性に、乗客みんなが「一斉…
  • 10
    顧客の経営課題に寄り添う──「経営のプロ」の視点を…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 3
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門家が語る戦略爆撃機の「内側」と「実力」
  • 4
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 5
    定年後に「やらなくていいこと」5選──お金・人間関係…
  • 6
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 7
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 8
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた…
  • 9
    サブリナ・カーペンター、扇情的な衣装で「男性に奉…
  • 10
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 6
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 7
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 8
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 9
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story