コラム

サマーズ、スティグリッツのMMT理論批判が誤っている理由

2019年07月25日(木)16時10分

日本は極めて特殊な国 3alexd-iStock.

<サマーズら主流派は、財政支出をどんどん拡大すれば制御不能のインフレになると批判するが、MMT理論では違う>

彼らは自己の価値観と理論的フレームワークに拘っているからだ。

MMT理論の最大の問題はインフレが起きて経済が破綻することではない。

むしろ、インフレが起きることはMMT理論にとっては望ましい。なぜなら、MMTにおいては、インフレが唯一の経済を均衡に戻すメカニズムであり、生命線だからである。

サマーズらのいわゆる主流派とMMT派のケルトンとの違いは、インフレが起きた後にある。主流派は、インフレが一旦起きればそれが制御不能になり、経済が破壊されると予想し、ケルトンらは、そのときこそ、インフレにより経済が悪化することを恐れて、合理的な人々は増税を求め、インフレは収束し、経済は均衡に戻ると考える。

日本の論者はこれを聞いて、これを政治的には無理と議論する。増税はそう簡単にできないから、非現実的だと。これは明らかな論点外しで、日本という文脈だけの話であるから、そんな批判にはケルトンはびくともしない。記者会見でせせら笑うばかりだったのは、虚勢ではないのである。

財政赤字を減らせない日本

これはMMTを離れて重要なポイントである。財政赤字が削減できないのは、少なくとも先進国では日本だけで、EU加盟国はGDP比3%以下という条件を多くの国が達成しているし、それぞれの国内に批判はあるものの、最終的には実現するか、実現する方向へ向かった。あのイタリアですらそうなのである。

さらに、米国では財政赤字は大きな問題であり、政治的にもこれは批判の対象となり、共和党はおおむね小さな政府で歳出削減であり、ティーパーティはその極端な形であるが、財政赤字は悪なのである。

一方、歳出拡大を志向する米民主党であっても、もっともポピュリストかつ左翼的なバーニー・サンダースですら、財政収支は重要であると主張しており、それどころか、増税が彼らの主張の柱であり、かつ民衆にもっとも受けているのは増税を主張しているところである。

これは、格差是正のために富裕層の増税を主張するのであり、日本の共産党も似ているが、彼らはそれらは議論の整合性を保つために言っているだけで、本気で増税しようとしているかどうかはわからない。少なくとも重要なのは消費税反対で、富裕税は二番目だ。米国は逆で、減税は議論されず、富裕層への課税が第一で、次が貧困層などへの給付などの支援である。

つまり、日本は極めて特殊な国であり、経済なのである。

そのもうひとつがインフレが起きないことだ。そして、インフレが起きないことがMMT理論と日本の関係の最重要ポイントである。

*この記事は「小幡績PhDの行動ファイナンス投資日記」からの転載です

プロフィール

小幡 績

1967年千葉県生まれ。
1992年東京大学経済学部首席卒業、大蔵省(現財務省)入省。1999大蔵省退職。2001年ハーバード大学で経済学博士(Ph.D.)を取得。帰国後、一橋経済研究所専任講師を経て、2003年より慶應大学大学院経営管理研究学科(慶應ビジネススクール)准教授。専門は行動ファイナンスとコーポレートガバナンス。新著に『アフターバブル: 近代資本主義は延命できるか』。他に『成長戦略のまやかし』『円高・デフレが日本経済を救う』など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ロシアとウクライナが捕虜交換、UAEが仲介

ビジネス

米中古住宅仮契約指数、11月は前月比2.2%上昇 

ワールド

100歳で死去のカーター氏、平和と民主主義に尽力と

ワールド

カーター元米大統領、1月9日に国葬 バイデン氏が弔
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2025
特集:ISSUES 2025
2024年12月31日/2025年1月 7日号(12/24発売)

トランプ2.0/中東&ウクライナ戦争/米経済/中国経済/AI......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    地下鉄で火をつけられた女性を、焼け死ぬまで「誰も助けず携帯で撮影した」事件がえぐり出すNYの恥部
  • 2
    JO1やINIが所属するLAPONEの崔社長「日本の音楽の強みは『個性』。そこを僕らも大切にしたい」
  • 3
    電池交換も充電も不要に? ダイヤモンドが拓く「数千年稼働」の世界
  • 4
    キャサリン妃の「結婚前からの大変身」が話題に...「…
  • 5
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
  • 6
    イースター島で見つかった1億6500万年前の「タイムカ…
  • 7
    「弾薬庫で火災と爆発」ロシア最大の軍事演習場を複…
  • 8
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 9
    スターバックスのレシートが示す現実...たった3年で…
  • 10
    カヤックの下にうごめく「謎の影」...釣り人を恐怖に…
  • 1
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 2
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊」の基地で発生した大爆発を捉えた映像にSNSでは憶測も
  • 3
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3個分の軍艦島での「荒くれた心身を癒す」スナックに遊郭も
  • 4
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
  • 5
    ウクライナの逆襲!国境から1000キロ以上離れたロシ…
  • 6
    地下鉄で火をつけられた女性を、焼け死ぬまで「誰も…
  • 7
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 8
    ヨルダン皇太子一家の「グリーティングカード流出」…
  • 9
    なぜ「大腸がん」が若年層で増加しているのか...「健…
  • 10
    わが子の亡骸を17日間離さなかったシャチに新しい赤…
  • 1
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 2
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊」の基地で発生した大爆発を捉えた映像にSNSでは憶測も
  • 3
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が明らかにした現実
  • 4
    ロシア兵「そそくさとシリア脱出」...ロシアのプレゼ…
  • 5
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    半年で約486万人の旅人「遊女の数は1000人」にも達し…
  • 8
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
  • 9
    「炭水化物の制限」は健康に問題ないですか?...和田…
  • 10
    ミサイル落下、大爆発の衝撃シーン...ロシアの自走式…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story