コラム

フィリピン次期大統領ドゥテルテ氏、意外に深い華人とのつながり

2016年05月10日(火)15時45分

ドナルド・トランプばりの「暴言」で話題となったロドリゴ・ドゥテルテだが、犯罪・腐敗を取り締まってきた実績がフィリピン華人社会では評価され、大統領選でついに勝利 Romeo Ranoco-REUTERS

 9日に投票が行われたフィリピン大統領選で、当初の予想を裏切って当選を確実にしたロドリゴ・ドゥテルテ・ダバオ市長は、フィリピンにおける中国系移民の華人社会のなかでも歓迎された候補者だった。基本的には所得面で中間層以上に属する華人が、「庶民の味方」を打ち出して華人とは利害が一致しなさそうに見えるドゥテルテ氏に好感情を抱く理由は、一体どこにあったのだろうか。

 ドゥテルテ氏には華人の血が流れている。母方の祖母が華人の女性だった。中国語についても「聞いて分かる」ということを本人は言っている。フィリピンにおける華人の90%は福建省出身で、その大半は晉江という地域から渡ってきている。ドゥテルテ氏が理解できるとしても、おそらくは福建方言であろう。華人社会と近い関係を持っていることは確かで、ドゥテルテ氏のすべてを取り仕切っていると言われている側近中の側近も華人であり、その人物は、ドゥテルテ氏の早期からの支持者である華人企業者の家族であるという。

 なかなか正確な統計を出すのが難しいが、一般には、フィリピンにおける華人は100万人いるとされる。フィリピンの有権者人口の約5000万人からすれば決して大きな数ではない。しかし、経済においては大きな力を持っているのは確かだ。「シー財閥」「ルシオ・タン財閥」「コファンコ財閥」「ユーチュンコ財閥」などの名前が有名だが、これらの華人財閥が、ビールで有名なサンミゲル、フィリピンの2大チェーン・スーパーマーケット、大手ドラッグストア、フィリピン航空、セブパシフィックなどの航空会社、農場、鉱山などを経営している。

 華人がフィリピン経済の半分を牛耳っているという説もあったが、これはいささか誇張が過ぎるだろう。しかし、資産家ランキングのうちトップ10人は常に半数以上を華人系が占めており、フィリピン経済のなかで無視できない力量を持っているのは確かだ。ただ、華人の企業家たちが結束して1人の候補を推すというより、フィリピン政治の有力者とそれぞれの華人系の財閥グループが密接につながっている、というイメージである。このコラムで論じているのも、華人財閥の政治的行動ではなく、一般的な華人社会の心理面の問題である。

当初は台湾と親密だったフィリピン

 フィリピン華人の特徴は、マレーシアやインドネシアと違って商業移民が中心であり、苦力(クーリー)のような労働移民は非常に少なかったことだ。前述のとおり、出身地は90%以上が福建で、ほかの広東など別地方の出身者の華人も、フィリピンでは福建語を話さないと生きてはいけない。また、スペイン植民地政府時代の排華政策で16世紀以来の華人移民が一時はほとんどいなくなったため、現在の華人は基本的に19世紀以降に新たに移民してきた人々で、いまの最も若い世代でも第3代か第4代に過ぎない。

プロフィール

野嶋 剛

ジャーナリスト、大東文化大学教授
1968年、福岡県生まれ。上智大学新聞学科卒。朝日新聞に入社し、2001年からシンガポール支局長。その間、アフガン・イラク戦争の従軍取材を経験する。政治部、台北支局長(2007-2010)、国際編集部次長、AERA編集部などを経て、2016年4月に独立。中国、台湾、香港、東南アジアの問題を中心に執筆活動を行っており、著書の多くが中国、台湾でも翻訳出版されている。著書に『イラク戦争従軍記』(朝日新聞社)『ふたつの故宮博物院』(新潮選書)『銀輪の巨人』(東洋経済新報社)『蒋介石を救った帝国軍人 台湾軍事顧問団・白団』(ちくま文庫)『台湾とは何か』『香港とは何か』(ちくま新書)。『なぜ台湾は新型コロナウイルスを防げたのか』(扶桑社新書)など。最新刊は『新中国論 台湾・香港と習近平体制』(平凡社新書)

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