社会は新型コロナ対策の負担をどう分かち合うのか
真の将来負担と偽りの将来負担
この「政府による大盤振る舞い」という方針に対しては、仮に税制による事後的な調整を前提とした場合でも、単に政治や政策の世界だけではなく一般社会の側からも、「将来負担が拡大するのではないか」という懸念に基づく強い抵抗が生じることが予想される。おそらくだからこそ、現金給付のあり方に対する政府の方針がこれだけ二転三転するのであろう。
確かに、感染拡大抑止のための政府の政策は、単に人々の現時点での所得だけではなく、将来の所得をも減少させる可能性がある。というのは、企業の生産活動停止によって資本財の供給が絶たれれば、企業や政府の設備投資が不可能となり、一国の資本形成が停滞することは明らかだからである。そのようにして資本ストックの蓄積や更新が滞れば、それは必然的に将来における生産および所得の停滞に結びつく。
さらに、感染拡大抑止のために要請される休業や休職の拡大は、それが長引いた場合には、人々の労働に体化されるような人的資本の劣化につながる。企業による労働者の解雇が拡大した場合には、その蓋然性はより強まる。また、経済活動の縮小による企業倒産は、それ自身が企業の持つ経営資源の喪失を意味する。それらはすべて、現在というよりはむしろ将来における生産と所得の縮小に帰結する。
しかしながら、これらはすべて、感染拡大抑止のために社会が受け入れるしかない将来的コストであって、決して「政府による大盤振る舞い」による将来負担ではない。むしろ逆に、政府による企業や家計への十分な支援策によって企業倒産や労働者の失業拡大が効果的に阻止できれば、感染拡大抑止によって生じる将来的な負担は、少なくともその分だけは確実に縮小する。
より一般的には、赤字財政を用いた政府の支援策が将来的な負担につながるケースは確かに存在する。それは、赤字財政によって資本市場が逼迫し、それによって金利が上昇し、民間投資がクラウド・アウトされるような状況である。そこでは確かに、赤字財政は通常、それがどのように生み出されたのであれ、一国の資本形成を停滞させ、一国の将来における生産と所得を縮小させることになる。しかし、そのようなクラウド・アウトのメカニズムが生じない状況では、赤字財政それ自体が将来世代の負担につながることはない。
この論理を最も明確に述べたのは、20世紀を代表する経済学者の一人であるポール・サミュエルソンである。サミュエルソンが政府赤字財政の将来世代負担問題について何を述べていたのかに関しては、筆者は既に、2018年12月10日付本コラム「財政負担問題はなぜ誤解され続けるのか」と2018年12月21日付本コラム「増税があらゆる世代の負担を拡大させる理由」で詳しく紹介しているので、そちらを参照されたい。
ここでは、その要点だけを再論しよう。サミュエルソンは、戦時費用のすべてが増税ではなく赤字国債の発行によって賄われるという極端なケースにおいてさえ、その負担は基本的に将来世代ではなく現世代が負うしかないことを指摘する。というのは、戦争のためには大砲や弾薬が必要であるが、それを将来世代に生産させてタイムマシーンで現在に持ってくることはできないからである。その大砲や弾薬を得るためには、現世代が消費を削減し、消費財の生産に用いられていた資源を大砲や弾薬の生産に転用する以外にはない。将来世代への負担転嫁が可能なのは、大砲や弾薬の生産が消費の削減によってではなく「資本ストックの食い潰し」によって可能な場合に限られるのである。
このサミュエルソンの議論は、感染拡大防止にかかわる政府の支援策に関しても、まったく同様に当てはまる。政府が休業補償や定額給付のすべてを赤字財政のみによって行ったとしても、それが資本市場を逼迫させ、金利を上昇させ、民間投資をクラウド・アウトさせない限り、赤字財政そのものによって将来負担が生じることはない。そして、世界的な金利の低下が進む現状は、資本市場の逼迫や金利の高騰といった経済状況のまさに対極にあるといってもよい。それは、政府が感染拡大防止のために実施した経済的規制措置によって生じている負担の多くは、将来の世代ではなく、今それによって大きく所得を減らしている人々が背負っていることを意味する。そうした人々に対する政府の支援は、まさしくその負担を社会全体で分かち合うための方策なのである。
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