コラム

日銀債務超過論の不毛

2017年05月08日(月)14時30分

付利による剰余金減少は過渡期の現象にすぎない

とはいえ、インフレ率が安定的に2%を超えるにいたったあかつきには、異次元金融緩和政策からの出口は、必ず実行されることになる。そして、その特定の局面においては、付利の引き上げが実行される可能性もある。その時、日銀の剰余金はおそらく減少するし、一時的には赤字になる可能性もある。

そのように日銀の剰余金が赤字になったとしても、それは主に、名目金利の上昇による日銀保有資産のキャピタル・ロスなどによって生じる過渡的な現象にすぎない。というのは、インフレ率が安定的に2%を超え、名目金利も安定的な水準まで上昇しきった定常的な状況では、日銀の資産から得られる収益は、その負債である当座預金への付利を必ず上回るはずだからである。つまり、「収益>付利」となるので、日銀の剰余金が恒常的に赤字になることはない。

中央銀行のバランスシートにおいては、負債はベースマネーであり、それは主に発行銀行券と中央銀行当座預金からなる。そしてその資産は、主に国債と中央銀行貸出からなる。つまり、付利を支払わなければならないのは、そもそもベースマネーから発行銀行券分を差し引いたその一部にすぎない。さらにその付利を支払う当座預金分も、基本的には国債運用や中央銀行貸出として収益が得られている。仮に国債金利が2.5%に上昇したとすれば、過渡期に生じるキャピタル・ロスを除けば、日銀は付利を支払う当座銀行預金分の運用によって、2.5%の利益を得る。その時、付利が2.5%を上回ることはない。

その点を理解するのに有益なのは、政策金利における「コリドー」という概念である。これは、政策金利である短期市場金利は、中央銀行当座預金への付利を下限とし、中央銀行による貸出金利を上限とするコリドー(回廊)の中に収まるという考え方である。つまり、「中央銀行の貸出金利>短期市場金利>中央銀行当座預金への付利」となる。

ここから明らかなように、中央銀行当座預金への付利は、あらゆる金利の下限である。したがって、中央銀行が貸出も含めてその資産から正常な収益を得ている限り、付利そのものによって日銀の剰余金が恒常的に赤字になることはないのである。

ところで、行政改革推進本部提言は、この問題について、「日銀が目標として掲げる2%の物価目標を達成した際、すなわち現在の大規模な金融緩和の出口に直面した際、市中の名目金利も2%を超えて上昇していくことも想定されるため、日銀は市中金利を上回る金利を銀行の超過準備に付与しなければならない」と述べている。しかし、上のコリドーの考え方から明らかなように、日銀の付利は各種金利の下限であるから、「市中金利は必ず日銀の付利を上回る」のである。自民党行政改革推進本部は、日銀がなぜ「市中金利を上回る金利を銀行の超過準備に付与しなければならない」のかを説明すべきであろう。

付利による銀行収益は預金準備率引き上げによって圧縮可能

筆者はしかし、日銀による付利には確かに、一つの大きな問題が存在すると考えている。実は、銀行などの金融機関が中央銀行に預金を置いておくだけで付利という収益を得られてしまうというのは、国民の共有財産である通貨発行によるシニョレッジの一部を、濡れ手に粟のようなノーリスクの収益として銀行に付与することを意味する。それは、中央銀行の預金残高がそれほど大きくない場合には、許容可能かもしれない。しかし、日銀が大きなバランスシートを維持したまま付利を引き上げるとすれば、その不公正の程度はとても許容可能とは思われない。

プロフィール

野口旭

1958年生まれ。東京大学経済学部卒業。
同大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。専修大学助教授等を経て、1997年から専修大学経済学部教授。専門は国際経済、マクロ経済、経済政策。『エコノミストたちの歪んだ水晶玉』(東洋経済新報社)、『グローバル経済を学ぶ』(ちくま新書)、『経済政策形成の研究』(編著、ナカニシヤ出版)、『世界は危機を克服する―ケインズ主義2.0』(東洋経済新報社)、『アベノミクスが変えた日本経済』 (ちくま新書)、など著書多数。

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