コラム

異次元緩和からの「出口」をどう想定すべきか

2017年04月10日(月)14時00分

福井日銀は2006年3月に、2001年3月に導入されて以来約5年間継続されていた量的緩和政策を解除した。さらに2006年7月には、短期市場金利コールレートの誘導目標を0.25%に引き上げ、伝統的金融政策に完全復帰した。その3月から7月の間に、当時の量的緩和政策の目標とされていた日銀当座預金残高は、33兆円程度から10兆円程度まで圧縮された。

福井日銀はこのように、コールレートの引き上げのために、短期間に急激なテーパリング、すなわち量的緩和の巻き戻しを行った。しかし、金融市場はその間も、きわめて平静に保たれていた。

この福井日銀による量的緩和解除は、その後の推移から判断すれば、日本経済がデフレ脱却を実現し損なう原因となったという意味で、明らかに時期尚早であり、政策としては完全な失敗であった。とはいえ、それは少なくとも実務的には、何の困難や問題を引き起こすことなく、あっけないほど円滑に実現されていたのである。この事実は、「出口」のおどろおどろしさを強調しようとする一部の議論への解毒剤として、十分に強調されるべきである。

FRBによるバランスシートを維持しながらの出口

量的緩和からの出口のもう一つの実例は、米FRBによって2015年12月に実行された、短期市場金利フェデラルファンドレートの引き上げである。FRBが量的緩和第3弾であるQE3を終了したのは、2014年10月である。FRBはそれ以降、政策金利であるフェデラルファンドレート引き上げのための下準備として、ベースマネーを縮小させるテーパリングに着手し始めた。

しかしながら、FRBのテーパリングは福井日銀のそれとは異なり、きわめてゆっくりとしたペースで行われた。そして、そのテーパリングは結局、「フェデラルファンドレートがその下限から離れて自然に上昇していく」ところまで行われることはなかった。FRBはそれをするかわりに、「金融機関が中央銀行に対して持つ準備預金の超過部分に対する付利の引き上げ」という手段を用いて、フェデラルファンドレートの引き上げを実現させたのである。

銀行等の金融機関は通常、日々の決済や政府への支払いのために、中央銀行に預金を持っている。日本の場合には、日銀当座預金がそれである。その中央銀行預金のうち、法的に義務付けられた法定準備預金額を超える部分は、超過準備と呼ばれる。その超過準備に対して中央銀行が支払う利子が付利である。

中央銀行は、その付利を引き上げることによって、政策金利である短期市場金利を引き上げることができる。それは、短期市場金利が中央銀行預金への付利を下回るのなら、金融機関は余剰資金を短期金融市場で運用するよりは中央銀行に預けたままにしておくはずだからである。そうなれば、金融機関が短期金融市場で借り入れを行う場合には、必ず中央銀行への付利以上の金利を支払わなければならなくなる。結果として、中央銀行が付利を引き上げれば、短期市場金利はそれにつれて、少なくともその付利の率までは上がっていくことになるのである。

FRBが政策金利の引き上げに際して、福井日銀のような一気呵成のバランスシート圧縮を行わなかったのは、金融市場の安定に配慮してのことである。FRBが「フェデラルファンドレートが自然に上昇していく」ところまでバランスシート圧縮を行うためには、おそらくは保有資産全体の4分の3以上を売却してベースマネーを吸収しなければならない。FRBの持つ最大の保有資産は国債であるから、もしそのような資産売却を短期間に行えば、国債のリスク・プレミアムが拡大し、国債市場で長期金利が跳ね上がる恐れがある。FRBが結局、付利の引き上げという手段を用いて「バランスシートを維持しつつそれを緩やかに縮小させながらの出口」を実行することを選択したのは、その長期金利上昇リスクを嫌ったためであろう。

FRBが長期金利の急速な上昇を明らかにリスクと考えていることは、2017年以降のベースマネーの動きにも現れている。米大統領選における2016年11月のドナルド・トランプの勝利以降、アメリカの10年国債利回りは、それ以前の1.8%前後から2.5%前後まで急上昇した。FRBはおそらく、このような短期間での急激な長期金利上昇を望んではいなかった。FRBが2017年に入ってから、それまでのバランスシート縮小の方針を停止し、ベースマネーを一時的にせよ拡大させたのは、そのようにして跳ね上がった長期金利の抑制が必要と考えたためであろう。

プロフィール

野口旭

1958年生まれ。東京大学経済学部卒業。
同大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。専修大学助教授等を経て、1997年から専修大学経済学部教授。専門は国際経済、マクロ経済、経済政策。『エコノミストたちの歪んだ水晶玉』(東洋経済新報社)、『グローバル経済を学ぶ』(ちくま新書)、『経済政策形成の研究』(編著、ナカニシヤ出版)、『世界は危機を克服する―ケインズ主義2.0』(東洋経済新報社)、『アベノミクスが変えた日本経済』 (ちくま新書)、など著書多数。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 7
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 8
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 9
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story