コラム

強盗殺人よりも「回転寿司テロ」が気になってしまう私たち

2023年02月02日(木)06時00分
寿司テロ

日本人は「回転寿司テロ」に怯えすぎ(東京)Toru Hanai-REUTERS

<回転寿司「ベロベロ」テロが大きなニュースになっているが、この程度のイタズラは昭和の昔から起きていた。今との違いはスマホとSNSで可視化されるかどうか。はっきり言って騒ぎすぎだ>

「回転寿司テロ」が話題になっている。テロ行為の詳細はすでに周知のことなので、繰り返し文字にはしない。何それ? と思った方は各自検索してみて欲しい。その後、福岡のうどん屋でも似たようなことが起きたという。

動画から受ける不快感は相当なものだ。当然、ツイッターをはじめネット空間では怒りの声が殺到し、昼のワイドショーでは司会者が「許せませんね!」と声を荒げた。

その通りだと思う。だが、それでもなぜか、私は湯呑みをペロペロ舐めて見せた人間に対し、怒りの感情を抱けずにいる。できることなら、ちょっとぐらい擁護してやりたいとも思っている。

分かっている。こういうフザけた連中を甘やかすと、同じことが繰り返されるかもしれない。だからこそ、抑止力になるぐらいガツンと重い"ペナルティー(具体的には損害賠償や威力業務妨害による刑事罰)"を与えて相応の責任を取らせることが必要だと、このように巷間では言われている。

おっしゃる通りである。正論である。飲食店の湯呑みをいたずら半分にペロペロ舐めてはいけない。不衛生であり、迷惑であり、非常に不快である。異論を挟む余地などない。

けれども、私はやはりこうも思うのだ。湯呑みを舐めた「だけ」だろう、と。不快ではあるし、回転寿司チェーンおよび外食産業のクリンリネスへの信頼を揺らがせた暴挙ではある。だが、仮に衛生医学の専門家にでも見解を問えば「直ちに健康被害が生じることは考えにくい」という答えが返ってくるだろう。

ネット上には「毒物を盛ることも可能」「アレルギー反応が起きるかも」などと大袈裟なことを言う人もいるが、現実として起きたことは、湯呑みや寿司に唾液を付けた、ワサビを指で載せた、醤油差しを鼻の穴に突っ込んだ、フライドポテトをつまみ食いした、という話である。うどん屋では、共有スプーンで卓上の天かすをパクパク食べていた。

日本人のモラル低下を叫ぶ人もいるが、そんなはずはない。あらゆる点において雑でマナーが悪かった昭和時代は、おそらく湯呑みペロペロよりもっと酷い行為がイタズラと称して横行していたはず。ただ、バレなかったというだけだ。

つまり、この世界の湯呑みは何十年も前から各時代の無法な若者によって、ペロペロされ続けているのである。常時ネット接続された高精細カメラ(つまりスマホ)を人々が持ち歩くに至って、さまざまな迷惑行為が可視化されるようになった。本当は、こんなことは知る必要もないし、知らせる必要もない。けれども、ちょっと不埒な若者とスマホが組み合わされば、当然の帰結として迷惑行為が世の中に大々的に露呈する。そうしてわれわれはパブロフの犬のように反応し、ひどく怒っている。なんだかとってもバカバカしい。

プロフィール

西谷 格

(にしたに・ただす)
ライター。1981年、神奈川県生まれ。早稲田大学社会科学部卒。地方紙「新潟日報」記者を経てフリーランスとして活動。2009年に上海に移住、2015年まで現地から中国の現状をレポートした。著書に『ルポ 中国「潜入バイト」日記』 (小学館新書)、『ルポ デジタルチャイナ体験記』(PHP新書)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、北朝鮮の金総書記と「コミュニケーション

ビジネス

現代自、米ディーラーに値上げの可能性を通告 トラン

ビジネス

FRB当局者、金利巡り慎重姿勢 関税措置で物価上振

ビジネス

再送-インタビュー:トランプ関税、国内企業に痛手な
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 2
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者が警鐘【最新研究】
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 7
    3500年前の粘土板の「くさび形文字」を解読...「意外…
  • 8
    メーガン妃のパスタ料理が賛否両論...「イタリアのお…
  • 9
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2…
  • 10
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 1
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 2
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 3
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 4
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 5
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】アメリカを貿易赤字にしている国...1位は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story