コラム

強盗殺人よりも「回転寿司テロ」が気になってしまう私たち

2023年02月02日(木)06時00分

「適度な敵意は爽快である」(侏儒の言葉)

怒っているようで、実はわれわれは彼の起こした騒動を、心のどこかで面白がっているのかもしれない。スクリーンの向こうで繰り広げられた数秒間の狼藉にあっと驚かされ、直ちに強い敵意を催した。「敵意は寒気と選ぶ所はない。適度に感ずる時は爽快であり、且又健康を保つ上には何びとにも絶対に必要である」という言葉がある(芥川龍之介、『侏儒の言葉』)。湯呑みペロペロ男に対して感じるぐらいの程よい敵意は、実に爽快で心地よいものである。

世の中にはもっと憎むべき悪が、無数にある。理不尽な犯罪、税金をくすねる小役人、凄惨な児童虐待、地位を利用した性加害などなど、新聞を開けば卑劣非道なニュースがいくらでもあるのに、私たちの関心はそちらには向かわない。面白くないからだ。われわれはなぜか、強盗殺人よりも回転寿司テロのほうを憎んでしまう。なんという小市民ぶりだろう。

そういえば、中国人は外食を嫌がる人が比較的多い。「何が入っているか分からないから不衛生」というのだ。日本社会は中国ほど性悪説ではないけれど、疑い始めればキリがないのは同じだろう。私たちは誰かの唾液のついた湯呑みを使っているのかもしれないが、それでも元気に暮らしている。ならもう、それで良いではないか。誰かの唾液付きの湯呑みに当たる確率は、宝くじで1億円を当てるよりも低いであろう。

最後に、世の中で言われている方法とは逆方向の解決策を提案してみたい。まったくコストがかからず、直ちに解決できる方法がある。

許してやればいいのだ。

当事者同士では話し合いも必要だろうが、スシローだって、いつまでもあの不埒な若者を責め続けるわけにもいくまい。ならばさっさと許してしまえば良いのだ。ましてや、当事者でも何でもないわれわれは、「馬鹿な若者がいるね」で終わらせれば済む話である。

甘い対応では同じことが繰り返されてしまうって? そうかもしれない。でも、今度はきっと彼らもバレないように慎重にコトを進めるだろう。動画を撮ったとしても、安易にネットにあげることは減っていくだろう。ネットにあげさえしなければ、私たちは知らぬが仏、昭和時代と同じである。それでもまた動画がアップされたら、また許す。それで良いではないか。

スマホは、われわれが知りたくないことまで、何でも向こうから知らせてくる。だったらこちらも、いちいち目くじらを立てていては身が持たない。許してやろうではないか。今の中高年や高齢者たちも、若い時分にはきっと似たような逸脱を繰り返してきたのだから。

プロフィール

西谷 格

(にしたに・ただす)
ライター。1981年、神奈川県生まれ。早稲田大学社会科学部卒。地方紙「新潟日報」記者を経てフリーランスとして活動。2009年に上海に移住、2015年まで現地から中国の現状をレポートした。著書に『ルポ 中国「潜入バイト」日記』 (小学館新書)、『ルポ デジタルチャイナ体験記』(PHP新書)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

ECB預金金利、夏までに2%へ引き下げも=仏中銀総

ビジネス

米石油・ガス掘削リグ稼働数、6月以来の高水準=ベー

ワールド

ローマ教皇の容体悪化、バチカン「危機的」と発表

ワールド

アングル:カナダ総選挙が接戦の構図に一変、トランプ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 5
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 9
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story