最新記事
シリーズ日本再発見

山辺赤人が『万葉集』で詠んだ富士山は、たった2文字で解釈が変わる...「降りける」か「降りつつ」か?

2025年01月01日(水)09時00分
ピーター・J・マクミラン (翻訳家・日本文学研究者)
新富嶽三十六景 ©Peter MacMillan

新富嶽三十六景 ©Peter MacMillan

<英語で読めば、『百人一首』の理解がもっと深まる...。『百人一首』の翻訳者として知られる、ピーター・J・マクミラン氏が百首の謎を一つ一つ解き明かす>

男性が女性のふりをして和歌を詠んだのはなぜか? 主語のない歌をどう解釈するのか? 

『百人一首』の翻訳者として知られる、ピーター・J・マクミラン氏が『百人一首』の百首の謎を一つ一つ解き明かしていく...。話題書『謎とき百人一首──和歌から見える日本文化のふしぎ』(新潮社)より「4 山辺赤人」の章を抜粋。


 
◇ ◇ ◇

富士山は「実景」か「想像」か?


田子(たご)の浦にうち出(い)でてみれば白妙の 富士の高嶺に雪は降りつつ

Coming out on the Bay of Tago,
there before me,
Mount Fuji--
snow still falling on her peak,
a splendid cloak of white.

【現代語訳】田子の浦に出て眺めてみると、真っ白な富士山の高嶺に、雪が降りしきっていることだ。

この歌も、もともとは『万葉集』の和歌である。「田子の浦」はこの歌が有名になったことをきっかけに、富士山を望む景勝地として和歌に詠まれ始める。日本を象徴する山にとって大きな意味を持つ一首なのである。

さて、もともとの『万葉集』の歌は、現在の研究では「田子の浦ゆうち出でて見ればま白にそ富士の高嶺に雪は降りける」と読まれる。

『百人一首』や『新古今集』に収められた本文とは、初句、第三句、結句が違っている。『万葉集』が漢字のみで書かれているため様々な読み方があり、『百人一首』の読み方もその一つであったのだろう。

このうち一番大きな違いは、結句が『万葉集』では「雪は降りける」になっているのに対し、『百人一首』では「雪は降りつつ」になっていることだ。

「雪は降りける」の場合、雪はもうすでに山頂に積もっている。この歌の主人公は田子の浦を移動してきて、ふっと視界が開けたときに、冠雪をいただく見事な富士に出会った、その感動を詠んでいることになる。

一方「雪は降りつつ」の場合、雪は山頂に降り続けている。実際には田子の浦から富士山はかなり遠いから、山頂に雪が降りしきる様子を見ることはできない。

つまり「雪は降りつつ」という結句で描かれている景色は実景ではなく、心の中に想像された観念的な山頂の様子である。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米J&Jトップが医薬品関税で供給網混乱と警告、国内

ワールド

中国、ロシア産LNG輸入を拡大へ 昨年は3.3%増

ビジネス

メタCEO、2018年にインスタグラム分離を真剣に

ビジネス

米国株式市場=小反落、ダウ155ドル安 関税巡る不
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプショック
特集:トランプショック
2025年4月22日号(4/15発売)

大規模関税発表の直後に90日間の猶予を宣言。世界経済を揺さぶるトランプの真意は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    パニック発作の原因とは何か?...「あなたは病気ではない」
  • 2
    あなたには「この印」ある? 特定の世代は「腕に同じ印がある」説が話題...「インディゴチルドレン?」
  • 3
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜け毛の予防にも役立つ可能性【最新研究】
  • 4
    NASAが監視する直径150メートル超えの「潜在的に危険…
  • 5
    【クイズ】世界で2番目に「話者の多い言語」は?
  • 6
    中国はアメリカとの貿易戦争に勝てない...理由はトラ…
  • 7
    「世界で最も嫌われている国」ランキングを発表...日…
  • 8
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 9
    そんなにむしって大丈夫? 昼寝中の猫から毛を「引…
  • 10
    動揺を見せない習近平...貿易戦争の準備ができている…
  • 1
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最強” になる「超短い一言」
  • 2
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜け毛の予防にも役立つ可能性【最新研究】
  • 3
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止するための戦い...膨れ上がった「腐敗」の実態
  • 4
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 5
    「ただ愛する男性と一緒にいたいだけ!」77歳になっ…
  • 6
    投資の神様ウォーレン・バフェットが世界株安に勝っ…
  • 7
    コメ不足なのに「減反」をやめようとしない理由...政治…
  • 8
    まもなく日本を襲う「身寄りのない高齢者」の爆発的…
  • 9
    動揺を見せない習近平...貿易戦争の準備ができている…
  • 10
    あなたには「この印」ある? 特定の世代は「腕に同じ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 3
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 6
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 7
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中