最新記事
シリーズ日本再発見

「書」はアートを超えた...日本を代表する「書家」石川九楊が世界で評価される理由とは

2024年06月01日(土)10時05分
ニューズウィーク日本版ウェブ編集部
エロイ・エロイ・ラマサバクタニ(石川九楊)

エロイ・エロイ・ラマサバクタニ(270cm×341cm) 1972年 提供:「石川九楊大全」実行委員会

<石川九楊にとって「書」とは何か? その思想と実践、そして「文字でなく言葉を書く表現」の意味について>

「書」にどのようなイメージがあるだろうか。または「書」はアートであると聞いて、どう思うだろうか。

東アジアで楽しまれている伝統的な表現、何を書いているのかまったく理解できない、そもそもこれがアートといえるのか、などなど。いずれも当たらずといえど遠からずだ。

そんな書に対するステレオタイプなイメージをくつがえし、世界のアートシーンにデビューしたのが、日本を代表する書家・石川九楊(1945-)だ。2024年3月26日から30日に行われた、世界最大級のアートフェアとして知られる「アートバーゼル香港」で、その作品は大きな注目を浴びた。


 

まもなく80歳を迎える書家にとって、デビューとはいささか遅きに失する感もある。しかしながら、これまでに本当の意味で、世界で評価された書家が存在したであろうか。

出展作品は若き日のみずからの言葉をコラージュした作品、日本の古典作品を題材にした作品など全14点。なかでもひときわ視線を集めたのが「世界の月経はとまった」だ。

207cm×555㎝の紙面を六曲一隻の屏風に仕上げた大サイズ作品で、みずから「灰色の時代」と呼ぶ若き苦闘の時代の代表作の1つである。

灰色に染めた紙、柔らかい毛筆をペンや鉛筆のように使う筆使い、暴力的でアナーキーとさえいえるその筆致、いわゆる大家が君臨する伝統書への抵抗と超克を意図する、あらゆるタブー表現への挑戦が際立つ。

他にも同じく灰色の時代の大サイズ作品「日常動詞」、中国・唐代の夭折の天才詩人・李賀の詩作品「感諷五首」は、東アジア的な書の美学の典型としての「ニジミ」の技法を極限にまで追求した10連作の作品である。

そして日本の古典を題材にした「歎異抄Ⅻ」、「葉隠No.2」、「源氏物語シリーズ」。さらには「9・11事件以後Ⅱ」「戦争という古代遺制」など、世界が直面する危機的状況を題材にした自作詩文作品など、来場者はこれまで見たことのない書表現の可能性を実感したに違いない。

これまでも世界で注目された日本の書道家はいる。抽象絵画の影響を受けた「前衛書道家」の森田子龍と井上有一らである。

しかしその後は、確たる成果を残すことはなく、近代書のアイデンティティを確立しただろうか。彼らの限界は「書を美術」ととらえたことにあった。九楊はそんな前衛書にもアンチを唱えた。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲うウクライナの猛攻シーン 「ATACMSを使用」と情報筋
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 6
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 7
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 8
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさ…
  • 9
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 10
    雪の中、服を脱ぎ捨て、丸見えに...ブラジルの歌姫、…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    大麻は脳にどのような影響を及ぼすのか...? 高濃度の…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 8
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中