最新記事
シリーズ日本再発見

日本にかつてあった「専売」、その歴史を辿る知的空間へ

2016年09月09日(金)16時30分
高野智宏

撮影:遠藤 宏(外観写真を除くすべて)

<東京には、限定されたテーマを扱いながらも充実した展示内容を誇り、日本の歴史・文化の一端を垣間見られる魅力的な博物館がたくさんある。まずは「専売」というかつての国策が生んだ、嗜好品と必需品の奇妙な組み合わせ。渋谷区から墨田区に移転し、グレードアップした「たばこと塩の博物館」を紹介する> (写真:3階「世界のたばこ文化」エリアでは、パイプから葉巻、水パイプ、キセルまで世界のさまざまな喫煙具を展示。ほんの一部だが、この写真では右に水パイプ、左にメアシャムパイプなどが見える。これだけ喫煙具が揃った展示はほかでは見られない)

【シリーズ】日本再発見「東京のワンテーマ・ミュージアム」

 1978年の開館以降、35年の長きに渡り渋谷公園通りのランドマークであった「たばこと塩の博物館」が、館内設備の老朽化および収蔵品の増加で収蔵庫や展示室が手狭になったことに伴い、2013年9月に閉館した。

 そして2015年4月、東京スカイツリーにもほど近い墨田区横川に、運営元であるJT(日本たばこ産業)の倉庫の一部を改修し、渋谷時代の2倍ほどの規模を持つ新たな博物館としてリニューアル。その内容も、空間を活かしたダイナミックな展示物の配置や、最新のデジタル技術を採用したコーナーを設けるなどグレードアップし、来館者から好評を博している。

 同館は「たばこと塩の歴史と文化」をテーマとするユニークな博物館だが、これは開館当時はまだ、たばこと塩が日本専売公社(現・日本たばこ産業)の専売品であり、また、たばこの製造専売70周年を記念して設立されたという背景を持つため。しかし、そもそもなぜ、生命を維持するための必需品である塩と、嗜好品であるたばこが同一の公社で専売化されていたのかと、首を傾げる読者も多いのではないか。

 この疑問に対し、「いずれも専売化の条件が整っていたため」と解説するのは、同館学芸員で専売制度を研究する鎮目良文氏だ。その条件とは、市場が寡占化されていること、定量で販売しやすいこと、そして、技術力により商品に差が出ないことの3つ。例えば原料や製法の違いにより多様な種類がある酒類などと違い、当時のたばこ(紙巻たばこ)も塩も、その品質や味に大きな差はなかった。

 これらの専売制度は当時の大蔵省租税局が中心となって確立し、製品は異なるがその仕組み自体は変わらないことから、1904~05年、同省に専売局を設置して一手に担うようになったというわけだ(その後、1949年に日本専売公社へ移管)。

「専売化の目的は、国が製造、販売、流通のすべてを管理し税収を確保すること。塩は生産地が限られるため、製造従事者の同意を得ることで専売化ができ、紙巻たばこは工業製品であったため、有力企業数社による寡占状態が当時形成されていたことから専売制をひくことができた」(鎮目氏)

世界の喫煙具から懐かしの宣伝コピーまで

 リニューアルされた「たばこと塩の博物館」館内は、1階にワークショップルームとミュージアムショップを配置。2階には塩に関する常設展示室「塩の世界」と特別展示室を。3階が「たばこの歴史と文化」の常設展示室とコレクションギャラリー、視聴覚ホール。そして、4階が「図書閲覧室」、5階が休憩に飲食も可能な多目的スペースという構成になっている。

「たばこエリアの目玉は、入り口に展示しているマヤ文明のパレンケ遺跡の『十字の神殿』内陣部分を忠実に再現したレリーフ。これは現地で制作されたもので、なかでも内陣右側の柱に描かれた葉巻状のたばこをくゆらす『たばこを吸う神』は、現時点で煙草に関する最古の資料とされている」と、学芸部広報担当主任の袰地由美子氏は話す。

japan160909-2.jpg

7世紀末頃に建設されたというメキシコ・パレンケ遺跡「十字の神殿」のレリーフで、右に見えるのが「たばこを吸う神」。博物館のシンボルマークはマヤの絵文書に描かれた神の喫煙図を基にデザインされた

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米11月ISM非製造業総合指数52.1に低下、価格

ワールド

米ユナイテッドヘルスケアのCEO、マンハッタンで銃

ビジネス

米11月ADP民間雇用、14.6万人増 予想わずか

ワールド

仏大統領、内閣不信任可決なら速やかに新首相を任命へ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:サステナブルな未来へ 11の地域の挑戦
特集:サステナブルな未来へ 11の地域の挑戦
2024年12月10日号(12/ 3発売)

地域から地球を救う11のチャレンジと、JO1のメンバーが語る「環境のためできること」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    健康体の40代男性が突然「心筋梗塞」に...マラソンや筋トレなどハードトレーニングをする人が「陥るワナ」とは
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    韓国ユン大統領、突然の戒厳令発表 国会が解除要求可決、6時間余で事態収束へ
  • 4
    混乱続く兵庫県知事選、結局SNSが「真実」を映したの…
  • 5
    NewJeansの契約解除はミン・ヒジンの指示? 投資説な…
  • 6
    BMI改善も可能? リンゴ酢の潜在力を示す研究結果
  • 7
    肌を若く保つコツはありますか?...和田秀樹医師に聞…
  • 8
    【クイズ】核戦争が起きたときに世界で1番「飢えない…
  • 9
    JO1が表紙を飾る『ニューズウィーク日本版12月10日号…
  • 10
    ついに刑事告発された、斎藤知事のPR会社は「クロ」…
  • 1
    BMI改善も可能? リンゴ酢の潜在力を示す研究結果
  • 2
    エリザベス女王はメーガン妃を本当はどう思っていたのか?
  • 3
    健康体の40代男性が突然「心筋梗塞」に...マラソンや筋トレなどハードトレーニングをする人が「陥るワナ」とは
  • 4
    ウクライナ前線での試験運用にも成功、戦争を変える…
  • 5
    メーガン妃の支持率がさらに低下...「イギリス王室で…
  • 6
    NewJeansの契約解除はミン・ヒジンの指示? 投資説な…
  • 7
    「時間制限食(TRE)」で脂肪はラクに落ちる...血糖…
  • 8
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 9
    エスカレートする核トーク、米主要都市に落ちた場合…
  • 10
    バルト海の海底ケーブルは海底に下ろした錨を引きず…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 7
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
  • 10
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中