コラム

【アメリカ】泥沼のアフガニスタンからの「名誉ある撤退」は可能か──タリバンとの交渉の落とし穴

2018年08月07日(火)19時30分

また、膨らむ戦費もアメリカにとっての負担だ。アメリカのシンクタンク、戦略国際問題研究所によると、2001年から2016年までにアメリカがアフガニスタンに投入した資金は1153億ドルにのぼり、これは同じ期間にアメリカが世界中で展開した軍事活動費の約16パーセントにおよぶ。

戦闘が泥沼化するにつれ、9.11直後の報復感情に満ちたアメリカの世論は、厭戦感情に支配されるようになった。これを巧みにすくいあげたのがトランプ氏だった。

大統領選挙に出馬する以前の2012年8月12日、トランプ氏はツイッターでアフガン派兵を「全く無駄」と切り捨て、「今すぐ戻るべき」と撤退を要求。2016年大統領選挙でもトランプ氏は、オバマ政権のアフガン戦略を批判して早期撤退を掲げ、有権者を惹きつけたのである。

つまり、アメリカにとってアフガニスタン撤退は、外交・安全保障上の問題であると同時に国内政治の問題になったのであり、トランプ政権にとって優先的に取り組むべき課題の一つでもあるのだ。

「まずは強気」のトランプ流

とはいえ、トランプ氏は大統領に就任してすぐに撤退に向けて動き始めたわけではない。むしろ、当初トランプ政権はアフガニスタンでの軍事活動を加速させる姿勢をみせた。

2017年4月、トランプ政権は「全ての爆弾の母」と呼ばれ、通常兵器のなかで最大級の破壊力をもつMOABをアフガニスタンに投入。さらに9月、アメリカ軍はアフガニスタンに約3000名の兵士を増派。同国に駐屯するアメリカ兵は約1万4000名規模となった。

駐留アメリカ軍の増強は、アフガニスタン情勢の変動を反映している。イラクやシリアで追い詰められた過激派「イスラーム国」(IS)は各地に飛散しているが、その一部は国境警備もままならないアフガニスタンに流入。地元に根をはるタリバンとも衝突を繰り返し始めた。

アメリカからみれば、タリバンよりISの方が脅威だ。タリバンが国境を越えた活動に熱心でないのに対して、ISは中東以外の各地でもテロを繰り返してきた。そのため、「敵の敵は味方」の論理からすればトランプ政権にとってタリバンとの和平交渉のハードルはさらに低くなり、アフガンでの兵力増強は主に、グローバル・ジハードを掲げるISの壊滅を念頭に置いたものだったといえる。

ただし、それでもトランプ政権はタリバンとも対決し続けた。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

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