コラム

「プーチンによる平和」が生まれる中東―米ロ首脳会談でロシアが提示した「イスラエルとの取り引き」とは

2018年07月25日(水)19時30分

ホワイトヘルメットを受け入れたヨルダン政府は、イギリス、カナダ、ドイツの政府からの要請に沿って、これら各国に移す手続きに入っている。いかにこれら各国政府からの要請があったとはいえ、公式には「不干渉」でもイスラエルがその活動を黙認してきたことは周知の事実で、仮にホワイトヘルメットに利用価値を見出すなら、「人道的配慮」などと理由をつけてイスラエル国内で保護することも不可能ではなかったはずである。

2つのシナリオ

イスラエルが事実上、ホワイトヘルメットに「おひきとり願った」ことには、2つのシナリオがあり得る。

第一は、「いよいよイスラエルがシリアでの軍事活動に向かうので、ホワイトヘルメットを退避させた」というものだ。

イスラエルにとってアサド政権以上に目障りなのは、イランだ。イランは反イスラエル武装活動を続けるシーア派組織ヒズボラを支援し、シリア内戦でもアサド政権を軍事的に支援し続けてきた。

この背景のもと、イスラエルは5月、シリア領内にあるイランの軍事施設に向け、70発以上のミサイルで攻撃。イスラエルはこれを同日の「イランによるミサイル攻撃」への報復と主張したが、イランはこの最初の攻撃そのものを否定。イスラエルによる自作自演という見方を示した。

中東屈指の軍事力を誇るイスラエルとイランの緊張は、地域全体にとっての危機だ。これはちょうど、トランプ政権がエルサレムに在イスラエル・アメリカ大使館を開設し、イラン核合意(2015)を一方的に破棄したタイミングに重なる。イスラエルは同盟国アメリカの方針転換に乗じて、イランへの圧力を高めてきたのである。

頼りにならない頼みの綱

これらを踏まえると、今回の決定は、イスラエルがシリア領内のイランやヒズボラを攻撃するために、ホワイトヘルメットを安全な場所に移した、と映らなくもない。

ただし、このシナリオには大きな問題がある。

イスラエルがシリア領内でイランへの攻撃を本格化させれば、ロシアとの衝突を覚悟しなければならない。ロシアはイスラエルとも悪い関係ではないが、仮に両国が衝突すれば、間違いなくイラン側につく

これに対して、イスラエルにとって頼みの綱のアメリカは、シリア対策に関して一貫性を欠いている。これまでにもトランプ大統領はシリアからの早期撤退を強調してきたが、国防省やアメリカ軍はこれに消極的だ。内部分裂が目立つアメリカをあてにしにくい状況で、イスラエルがギャンブルに臨む確率は低い。

プーチンとの「取り引き」

これに対して、第二のシナリオは「イスラエルがロシアとの間で、シリア南部をアサド政権が押さえ、その代わりゴラン高原におけるイスラエルの実効支配を安堵する、という暗黙の取り引きをした」というものだ。第一のシナリオに致命的な問題がある以上、こちらの方が確度が高いとみられる。

WS000265.JPG

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

イスラエルがガザ空爆、48時間で120人殺害 パレ

ワールド

大統領への「殺し屋雇った」、フィリピン副大統領発言

ワールド

米農務長官にロリンズ氏、保守系シンクタンク所長

ワールド

COP29、年3000億ドルの途上国支援で合意 不
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 2
    「ダイエット成功」3つの戦略...「食事内容」ではなく「タイミング」である可能性【最新研究】
  • 3
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたまま飛行機が離陸体勢に...窓から女性が撮影した映像にネット震撼
  • 4
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 5
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 6
    寿命が5年延びる「運動量」に研究者が言及...40歳か…
  • 7
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 8
    クルスク州のロシア軍司令部をウクライナがミサイル…
  • 9
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 10
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」…
  • 1
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 4
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 8
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 9
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたま…
  • 10
    2人きりの部屋で「あそこに怖い男の子がいる」と訴え…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大き…
  • 5
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 6
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 7
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 8
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 9
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 10
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story