コラム

南アフリカ・ズマ大統領の辞任がもつ意味──経済停滞でアフリカに広がる「失脚の連鎖」

2018年02月16日(金)17時46分

大統領辞任を発表したズマ(2月14日)。もとは庶民派だったが最後は庶民に憎まれた Siphiwe Sibeko-REUTERS

南アフリカは2010年のサッカー、ワールドカップをアフリカ大陸で初めて開催したことからも分かるように、アフリカ屈指の新興国。この国で2月15日、ジェイコブ・ズマ大統領が辞任。汚職の蔓延などに、与党からも批判が高まるなかでの辞任劇でした。

南アフリカはアフリカを代表する大国であるだけでなく、報道の自由や民主的な制度の発達した国でもあります。それだけに、ズマ辞任はアフリカ全体の不安定化を象徴します。実際、大統領辞任の動きは南アフリカだけにとどまりません。

アフリカは2000年代から資源ブームに乗って好調な経済成長を実現させてきました。しかし、経済停滞を背景に広がる政治的な不安定化は「アフリカブーム」の一つの曲がり角を示すといえます。

その男、ズマ

南アフリカではかつて白人が政治・経済の全てを握り、黒人など有色人種は居住・移動をはじめ、あらゆる権利が制限される「人種隔離政策(アパルトヘイト)」が実施されていました。国連などによる経済制裁もあり、アパルトヘイト体制は1993年の憲法改正で正式に廃止。翌1994年、全人種が参加する初の選挙で、反アパルトヘイト運動を指導したアフリカ民族会議(ANC)のネルソン・マンデラ(任1994-1999)を大統領とする政府が発足したのです。

圧倒的なカリスマ性をもって国民を指導したマンデラ氏の引退を受けて第二代大統領となったタボ・ムベキ(1999-2008)は、英国留学経験者らしくいかにもエリート臭が漂う点で、低所得層から不人気でした。これに対して、2009年に就任したズマ氏は、同国の憲法で禁止されている一夫多妻の実践を公言するなど、よく言えば庶民的、悪く言えば品のない言動が持ち味で、低所得層や労働組合を支持基盤としました。

一方、ズマ氏には大統領就任前から、汚職や権力濫用の噂が絶えませんでした。それに加えて、ムベキ氏が米英など欧米諸国との関係を深め、新自由主義的な規制緩和などを推進したのに対して、ズマ氏は中国と接近。国家によって主導される中国式の市場経済への転換を進めました。

世界最高の不平等社会

ところが、その後の南アでは経済成長の一方で格差が拡大。不平等度を表すジニ係数は2011年段階で63.4(世界銀行データベース)。これは米国(41.0、2011年)や中国(42.2、2012年)を大きく上回り、地主制が残っているために格差の大きさでは世界屈指のラテンアメリカのブラジル(53.1、2011年)やチリ(47.6、2011年)をも凌ぐ、世界最高水準です。

この背景のもと、2012年10月に南アフリカでは、英国企業が保有するプラチナ鉱山でストライキが発生。賃金上昇が物価上昇についていかないことに不満を募らせた労働者による違法ストライキは、警官隊の発砲で34名の死者を出す事態に至りました。これを機にストライキは全土に波及。南アフリカに進出していたトヨタなど日本の自動車メーカーも、操業の一時停止を余儀なくされたのです。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏とゼレンスキー氏が「非常に生産的な」協議

ワールド

ローマ教皇の葬儀、20万人が最後の別れ トランプ氏

ビジネス

豊田織機が非上場化を検討、トヨタやグループ企業が出

ビジネス

日産、武漢工場の生産25年度中にも終了 中国事業の
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口の中」を公開した女性、命を救ったものとは?
  • 3
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 4
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 5
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 6
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 7
    足の爪に発見した「異変」、実は「癌」だった...怪我…
  • 8
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 9
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 10
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 3
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 4
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?.…
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 8
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 9
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 10
    【クイズ】世界で最もヒットした「日本のアニメ映画…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 6
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story