コラム

南アフリカ・ズマ大統領の辞任がもつ意味──経済停滞でアフリカに広がる「失脚の連鎖」

2018年02月16日(金)17時46分

南アフリカでは労働組合が発達していますが、これは反アパルトヘイト運動の頃からANCと協力関係にあります。ANCが万年与党となり、腐敗するにつれ、労働組合もかつての「弱者の味方」ではなくなり、賃金上昇を求める労働者のストライキを抑えることがしばしばです。マリカナの鉱山で多くの労働者が銃殺されたことは、政府、賃上げを抑制する大企業、合法的なストライキを抑制する労働組合の「鉄の三角形」がもたらした悲劇だったといえます。

警官隊との衝突による死者はアパルトヘイト終結から初めてのことで、この頃からズマ大統領への批判が噴出。2013年12月のマンデラ元大統領の葬儀ではズマ氏の演説にブーイングが発生。世界中から来賓があるなかで、その不人気ぶりを露呈したのです。

世界経済の余波

それでもズマ政権が維持されたのは、曲がりなりにも経済が成長していたことが大きな要因でした。ところが、その頼みの綱の経済もこの数年は悪化の一途をたどり、これがズマ氏に対する不満を高めていったのです。

南アの経済停滞には、アフリカを取り巻く世界経済の変化が大きく作用していました。なかでも2014年からの資源価格下落と2015年からの米国の金利引き上げは、決定的に大きなインパクトでした。

2000年代からの「アフリカブーム」は、原油価格の上昇とそれに引っ張られたその他の資源の価格上昇を大きな背景としました。ところが、2014年の石油輸出国機構(OPEC)の決定を契機に、原油価格は急速に下落。連動してその他の資源価格も落ち込み、アフリカ経済に大きなブレーキをかけたのです。金、プラチナ、ダイヤモンドなどの大輸出国である南アフリカは、とりわけその影響を大きく受けた国の一つでした。

これに追い打ちをかけたのは、米国の金利引き上げでした。2008年のリーマンショックをきっかけに、米国はゼロ金利政策を導入。米国だけでなく世界全体での景気の下支えを図りました。米国の金利がゼロになったことで、多くの投資家や企業の関心は景気が低迷する先進国より新興国に向かい、南アフリカをはじめとするアフリカ諸国にも大量のドルが流入してきたのです。大量のドル流入は、その国の景気を浮揚させる効果があったといえます。

ところが、国内経済の回復を受けて米国はゼロ金利政策を終了。米国の金利引き上げは世界中から米国に向けてドルが逆流する現象を生み、これは結果的に新興国の経済成長にブレーキをかけることになりました。南アフリカでも2016年のGDP成長率は0.3パーセントにまで落ち込んでいます。

ズマ退陣に向けた圧力

経済が低迷するなか、南アフリカではズマ政権への批判が噴出しやすくなり、与党ANCもこれを無視できなくなりました。

南アフリカの大統領は国民の直接選挙によってではなく、議会によって選出されます。ズマ政権のもと、ANCでは親中派が要職を占め、政府が企業や労働組合と深く結びつく国家主義が浸透していきました。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

片山財務相に「経済再生と財政健全化両立」指示 高市

ビジネス

バーレ、7-9月鉄鉱石生産量は約7年ぶり高水準

ビジネス

ウォルマート、アボットの血糖値モニター販売へ 米小

ビジネス

原油先物は続伸、供給リスクや米戦略備蓄の購入検討が
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
2025年10月28日号(10/21発売)

高齢者医療専門家の和田秀樹医師が説く――脳の健康を保ち、認知症を予防する日々の行動と心がけ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 2
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 3
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 4
    TWICEがデビュー10周年 新作で再認識する揺るぎない…
  • 5
    米軍、B-1B爆撃機4機を日本に展開──中国・ロシア・北…
  • 6
    【クイズ】12名が死亡...世界で「最も死者数が多い」…
  • 7
    「認知のゆがみ」とは何なのか...あなたはどのタイプ…
  • 8
    汚物をまき散らすトランプに『トップガン』のミュー…
  • 9
    本当は「不健康な朝食」だった...専門家が警告する「…
  • 10
    増える熟年離婚、「浮気や金銭トラブルが原因」では…
  • 1
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号返上を表明」も消えない生々しすぎる「罪状」
  • 2
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 3
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 4
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 5
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ…
  • 6
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道され…
  • 7
    本当は「不健康な朝食」だった...専門家が警告する「…
  • 8
    日本で外国人から生まれた子どもが過去最多に──人口…
  • 9
    「心の知能指数(EQ)」とは何か...「EQが高い人」に…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 3
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレクトとは何か? 多い地域はどこか?
  • 4
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 5
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 6
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 7
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 8
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story