コラム

南アフリカ・ズマ大統領の辞任がもつ意味──経済停滞でアフリカに広がる「失脚の連鎖」

2018年02月16日(金)17時46分

ただし、その一方で、先述のように南アフリカでは報道の自由や民間団体の活動は保障されています。そのため、白人だけでなく黒人の中間層などからも政府への批判的な意見は出やすい環境にありますが、ズマ政権のもとでの汚職の広がりや生活苦への不満は、ズマ氏の大統領選出の基盤でもあった低所得層からの幻滅をも呼び起こすことになったのです。

ズマ批判が広がるなか、2016年4月、2017年8月に相次いで野党が議会でズマ氏に対する不信任決議案を提出。2016年の場合、233対143で不信任決議は否決されました。しかし、2017年の際には与党からも離反者が続出。198対177で不信任決議が否決されたものの、ANC内部でもズマ支持者が減少する兆候がみられたのです。

さらにその後も各所からのズマ批判は収まらず、2017年10月には最高裁がズマ氏の大統領就任以前の783件の収賄容疑を認定する判決を決定。ズマ氏は無実を主張しましたが、もはやその不支持の動きは止められず、12月のANC代表選挙でシリル・ラマポーザ副大統領がズマ氏の妻ノーサザーナ・ドラミニ・ズマ氏を破って当選。ラマポーザ新体制のもとのANCから辞任勧告を受け、冒頭に述べたように2月15日にズマ大統領は辞任に追い込まれたのです。

ズマ辞任で南アフリカは変わるか

ただし、ズマ氏が辞任したことで、南アフリカを取り巻く状況が大きく変化するかは疑問です。

ズマ氏辞任を受け、繰り上りで副大統領から昇格したラマポーザ新大統領は、かつてマンデラ氏の側近として反アパルトヘイト運動を率いた人物で、鉱山労働者の労働組合の責任者を務めた経験も持ちます。そのため、大統領就任以前のズマ氏と同様、低所得層を支持基盤とします。

ただし、かつての反アパルトヘイト運動の闘士も、権力を握って以降は腐敗などの噂と無縁ではありません。特に、先述の2012年のマリカナのプラチナ鉱山の事件で、ラマポーザ氏は警察による強硬な鎮圧を支持した急先鋒として知られます。ラマポーザ氏は鉱山関係の労働組合を握る一方、マリカナの鉱山を経営する英国企業ロンミンの経営にも参画していました。

つまり、政治権力と個人的な利益が直結しやすい点で、ズマ氏とラマポーザ氏の間に大きな差はないのです。そのため、ラマポーザ新体制のもとで南アフリカの経済や生活状況に大きな変化が生まれない限り、「憎悪の的」ズマ氏の退任で一時的に溜飲を下げたであろう低所得層の間から、再び政府批判が噴出することは避けられないとみられます。それは南アフリカを慢性的な政情不安に向かわせかねないといえるでしょう。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

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