コラム

植田日銀の政策判断はなぜ危ういのか

2024年08月23日(金)14時14分
日本銀行の植田総裁

長期デフレをもたらした歴史の教訓が生かされてない...... REUTERS/Issei Kato

<経済状況を楽観して、金融財政政策を引締め過ぎたことが1990年代半ばからの長期デフレをもたらしてきたのだが、仮にこの歴史の教訓が生かされてないとすれば、日本経済にとって深刻な事態だ......>

8月6日コラムでは、7月末の日本銀行による追加利上げと植田総裁の発言などをうけて、日銀が「デフレの番人」としての失政を繰り返しつつある可能性を指摘した。この後、内田副総裁の金融市場に配慮する発言が好感され金融市場は落ち着き、8月初旬に歴史的な急落となった日経平均株価は反発している。

ただ、内田副総裁の発言を素直に読めば、植田総裁が示した「(とても曖昧な)中立金利の下限を目指して淡々と利上げしていく」という執行部の考えはほとんど変わっていないとみられる。23日に行われた衆議院財務金融委員会における、植田総裁の発言でも同様の考えが繰り返し述べられた。

実際には、2023年半ばから日本経済がほとんど成長していない状況を踏まえれば、インフレ圧力は強まっていない。こうした経済環境で追加利上げを行う必要性は低いと筆者は考えるが、植田総裁らの姿勢はかなり前のめりである。就任当初は「ハト派」を演じていたかにみえた植田総裁は、性急な利上げと酷評された2000年時と同様の政策判断を下しつつあるようにみえる。

長期デフレをもたらした歴史の教訓が生かされてない

米国ではFRB(連邦準備理事会)による9月会合から利下げ開始が濃厚となり、争点は利下げペースがどうなるかという状況である。FRBの利下げが続くとの見方が強まりドル安への思惑が強まり易いのだから、仮に日本では政策金利を現行のまま維持しても、金融環境は引締め的に動くことになる。

更に、肝心の日本経済の成長にブレーキがかかり、既にコアベースのインフレ率は2%を下回るまで低下しているのだから、利上げについては相当慎重に行うべきだし、そもそも現行の政策金利が「緩和的」なのか。中立金利の推計には誤差が存在するのだから、中立金利だけを意識して利上げを続ければ、かつての日銀のように「拙速な判断」になってしまう。

「7月初旬まで円安が行き過ぎており日銀の利上げは慎重過ぎる」などの偏った見方ばかり経済メディアは報じていた。実際には、8月の日本株市場の急落を踏まえれば、そうした認識が間違えであったことは明らかであろう。同様に、7月初旬の通貨当局の円高誘導政策も妥当な政策ではなかったということである。経済状況を楽観して、金融財政政策を引締め過ぎたことが1990年代半ばからの長期デフレをもたらしてきたのだが、仮にこの歴史の教訓が生かされてないとすれば、日本経済にとって深刻な事態である。

プロフィール

村上尚己

アセットマネジメントOne シニアエコノミスト。東京大学経済学部卒業。シンクタンク、証券会社、資産運用会社で国内外の経済・金融市場の分析に20年以上従事。2003年からゴールドマン・サックス証券でエコノミストとして日本経済の予測全般を担当、2008年マネックス証券 チーフエコノミスト、2014年アライアンスバーンスタン マーケットストラテジスト。2019年4月から現職。『日本の正しい未来――世界一豊かになる条件』講談社α新書、など著書多数。最新刊は『円安の何が悪いのか?』フォレスト新書。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

中国新築住宅価格、3月は前月比横ばい 政策支援も需

ビジネス

中国GDP、第1四半期は前年比+5.4% 消費・生

ワールド

米テキサス州のはしか感染さらに増加、CDCが支援部

ワールド

米韓財務相、来週に貿易協議実施へ 米が提案
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプショック
特集:トランプショック
2025年4月22日号(4/15発売)

大規模関税発表の直後に90日間の猶予を宣言。世界経済を揺さぶるトランプの真意は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    パニック発作の原因とは何か?...「あなたは病気ではない」
  • 2
    あなたには「この印」ある? 特定の世代は「腕に同じ印がある」説が話題...「インディゴチルドレン?」
  • 3
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜け毛の予防にも役立つ可能性【最新研究】
  • 4
    NASAが監視する直径150メートル超えの「潜在的に危険…
  • 5
    【クイズ】世界で2番目に「話者の多い言語」は?
  • 6
    中国はアメリカとの貿易戦争に勝てない...理由はトラ…
  • 7
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 8
    「世界で最も嫌われている国」ランキングを発表...日…
  • 9
    動揺を見せない習近平...貿易戦争の準備ができている…
  • 10
    そんなにむしって大丈夫? 昼寝中の猫から毛を「引…
  • 1
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最強” になる「超短い一言」
  • 2
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜け毛の予防にも役立つ可能性【最新研究】
  • 3
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止するための戦い...膨れ上がった「腐敗」の実態
  • 4
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 5
    「ただ愛する男性と一緒にいたいだけ!」77歳になっ…
  • 6
    投資の神様ウォーレン・バフェットが世界株安に勝っ…
  • 7
    コメ不足なのに「減反」をやめようとしない理由...政治…
  • 8
    まもなく日本を襲う「身寄りのない高齢者」の爆発的…
  • 9
    動揺を見せない習近平...貿易戦争の準備ができている…
  • 10
    あなたには「この印」ある? 特定の世代は「腕に同じ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 3
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 6
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 7
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story