コラム

植田日銀の政策判断はなぜ危ういのか

2024年08月23日(金)14時14分

「初歩的な経済学から逸脱している」

こうした中で、物価研究の第一人者で、日銀総裁候補の一人とみなされていた渡辺努東大教授は、「日銀が説明する利上げのロジックは、経済学の初歩的な観点から全く理解できない」と批判している。同氏は、「物価上昇率の足元の数字または見通しがインフレターゲットを上回ったときに利上げをする」のが妥当として、「日銀の見通しは2%の物価上昇率に落ち着いていく」という前提なら何もしなくてよい、との考えを述べている。

同氏のように「初歩的な経済学から逸脱している」と断言するほど筆者に自信はないが、渡辺教授の意見に概ね賛同できる。日銀OBである同氏は、これまでの日銀の失敗をアカデミックと現場の立場双方の経験を持つ、大御所と言えるだろう。こうした批判が植田総裁らに届けば、筆者が警戒している、日本経済が脱デフレに失敗する「最悪のリスク」は低下する。

次期首相の判断が、今後の日本株市場の方向を左右する

事実上の次期首相を決める自民党総裁選挙に世間の注目が集まっているが、執筆時点(8月23日)で候補者が多く報じられており、情勢はかなり流動的である。通貨当局が円高誘導政策に踏み出し、日銀の前のめりな政策姿勢が強まったことには、岸田政権が機能不全に陥っていたことが影響していたと筆者は考えている。

適切な金融財政政策によって、経済成長率を持続的に高めて脱デフレを完遂することは言うまでもなく重要である。過去の経緯を含めてこの点を深く理解する政治家が次期首相になるかどうかが、今後の日本株市場の方向を左右することになろう。

仮に、「自民党の再生のために首相になる」などの永田町の都合・理屈しか持ち合わせていない政治家が次の首相になればどうなるか。この場合、日銀による時期尚早な利上げを促し、そして岸田政権で息を吹き返した日本株市場は再び停滞するだろう。こうした警戒感を持って、自民党総裁選挙における論戦や選挙情勢を筆者は注視している

(本稿で示された内容や意見は筆者個人によるもので、所属する機関の見解を示すものではありません)

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プロフィール

村上尚己

アセットマネジメントOne シニアエコノミスト。東京大学経済学部卒業。シンクタンク、証券会社、資産運用会社で国内外の経済・金融市場の分析に20年以上従事。2003年からゴールドマン・サックス証券でエコノミストとして日本経済の予測全般を担当、2008年マネックス証券 チーフエコノミスト、2014年アライアンスバーンスタン マーケットストラテジスト。2019年4月から現職。『日本の正しい未来――世界一豊かになる条件』講談社α新書、など著書多数。最新刊『円安の何が悪いのか?』フォレスト新書が2025年1月9日発売。

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