コラム

日銀のYCC柔軟化~インフレ見通しの上方修正が政策修正を後押し~

2023年10月31日(火)18時47分
日銀、植田総裁

今回の日銀の政策修正が、株式市場などの金融市場に何等かの影響を及ぼす可能性は低いだろう...... REUTERS/Susana

<日本の金融政策は、インフレ期待の高まりと経済状況の変化に対応して再調整されつつある。この政策の変化が日本経済や国際金融市場にどのような影響を及ぼすのか......>

日本銀行は、10月31日の金融政策決定会合で、YCC(イールドカーブ・コントロール)の政策修正を決定した。従前まで目標ターゲットの一つである長期金利の上限値を1.0%と厳格に定めていたが、オペレーション見直しで、1.0%の上限を「目途」として1.0%を超える長期金利を許容することになった。7月28日の会合で長期金利の上限を1.0%に引き上げた措置を、今回更に柔軟にするという対応である。

7月会合時点でYCCの役割は変わっていた

7月に植田日銀が、YCCの修正(長期金利の上限を1%に引き上げ)に踏み出した時点で、この政策の位置づけは、2022年までとかなり変わっていた。過去を振り返ると、2016年に導入されたYCCは10年国債金利をゼロ近傍に制御して、金融緩和を強めるという極めて強力な緩和ツールだった。米欧など海外金利が上昇する中で、YCCを保てば日銀の国債購入が増え、円安が進むことで緩和効果が強まる。

7月に長期金利の上限をはっきり引き上げた時点で、日銀はYCCを維持して緩和を強める効果よりも、金融市場を通じた刺激効果が強くなる副作用の方が大きい、と判断した。民間のインフレ期待が1%程度に高まる中で、長期金利を低く維持することは、投機的な動きで市場を混乱させる負の効果がでる。今回10月の声明文でも明記されていたが、長期金利1%の上限を厳格に定めるオペレーションの副作用が大きいとの判断がほぼ共有され、今回の政策修正に至ったとみられる。

7月から既にYCC政策の日本銀行内での位置付けは変わっており、今回10月の政策修正は、7月の対応の延長戦上にある。その意味では、今回の政策修正は「技術的な対応」という側面が一見大きいようにみえる。

インフレ見通しの上方修正が政策判断を後押し

一方で、2024年度の消費者物価コアの日銀審議委員の予想は+2.8%に上方修正されている(7月時点+1.9%)。また、展望レポートにおける、先行き物価見通しに関する判断もやや上方修正した。まだ輸入インフレ主導の価格上昇ではあるとしているが、「持続的な2%インフレ安定」に対する判断が進展したことも、今回の政策判断の後押ししたと言える。

この意味で、今回の政策修正は「技術的なオペレーションの修正」にとどまらないと対応と評価できるように思われる。つまり、7月から始まったYCCの修正の経過において、マイナス金利を含めた現行のYCCの枠組みから、短期金利(無担保コールレート)の操作を主軸にする伝統的な政策枠組みにシフトする方向に、日銀が更に近づきつつあるということではないか。

プロフィール

村上尚己

アセットマネジメントOne シニアエコノミスト。東京大学経済学部卒業。シンクタンク、証券会社、資産運用会社で国内外の経済・金融市場の分析に20年以上従事。2003年からゴールドマン・サックス証券でエコノミストとして日本経済の予測全般を担当、2008年マネックス証券 チーフエコノミスト、2014年アライアンスバーンスタン マーケットストラテジスト。2019年4月から現職。『日本の正しい未来――世界一豊かになる条件』講談社α新書、など著書多数。最新刊は『円安の何が悪いのか?』フォレスト新書。

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