コラム

岸田政権の政策転換に潜むリスク──事実上2024年からの増税開始

2022年12月13日(火)17時15分

事実上2024年からの増税開始が想定されており、従来の経済政策が転換したと位置付けられる...... Yoshikazu Tsuno/REUTERS

<岸田首相は、1兆円分の増税を検討する方針を示した。従来の経済政策が転換したと位置付けられるだろう......>

岸田首相は、2027年度までの防衛費を増やすと共に、この一部を充当する1兆円分の増税を検討する方針を示した。2027年度までに増税を段階的に実現するとされるが、具体的な政策は流動的な部分も大きく、以下は12月12日時点での筆者の第一印象で、今後変わりうる事をご容赦頂きたい。

増税開始──従来の経済政策が転換した

まずは、事実上2024年からの増税開始が想定されており、この意味で従来の経済政策が転換したと位置付けられるだろう。一部報道では、法人税、たばこ税、復興増税の転用、がメニューとなり、法人増税が7000~8000億円を占めるとされている。既に、岸田官邸にとって増税は規定路線になっている可能性がある。

年間1兆円は相応の規模であり、増税での対処が必須との見方もあるだろう。ただ、地方税などを含めた税収全体はコロナ禍直後の2020年度でも約105兆円である。税収は経済動向で増減するので、名目GDPの3%成長によって、税収は年間で最低でも3兆円増えると試算される。1兆円規模の恒常的な支出拡大は、経済成長がもたらす増収によってカバーできる規模である。また、経済成長を安定的に実現して税収を底上げすることが、財政収支を改善させる確実な方法だろう。

そして、インフレを伴う安定的な経済成長に至らない時点で、増税が実現すれば経済成長のブレーキになる。このため、税率を引き上げても税収は思うように増えず、実際に2014年、19年の消費増税で日本経済は相当なダメージを受けた。そして、米欧など主要な先進国はコロナ禍前の経済活動(実質GDP)を超えて回復しているが、日本は2019年の消費増税以前の水準にまで達していない。

2022年現在の日本経済は、企業が賃上げにようやく前向きになり2%インフレの安定的な実現が近づいた段階で、インフレを伴う安定的な経済成長とともに税収も増える状況が整いつつある。安定的な経済成長とインフレが実現する前に、増税が間近に迫れば企業行動が慎重に転じ経済正常化を阻害する。法人増税が「いつ」「どのような経済環境で」始まるかは現時点では流動的だが、時期尚早な増税によって、十分な経済成長とインフレ安定が実現しないリスクがでてきたと思われる。

岸田首相、国債発行を手段として除外

増税を防衛費の財源にする対応には、自民党政治家の中から、疑問を呈する声がでている。防衛費については、国防関連の歳出が将来の便益をもたらす性質があるので、建設国債同様の扱いになりうるとの考えもある。

一方、岸田首相は、国債発行について「未来の世代に対する責任として取り得ない」と述べ、これを利用しない考えを示している。「将来世代への責任」というのは、経済理論の裏付けが明確ではない道義的な理由にみえるが、国債発行を手段として除外すれば、経済状況に応じた適切な対応が行われないリスクがある。

また、防衛費増額に応じて国債発行を増やす政策対応について、故安倍元総理などが必要と言及していた。岸田首相は10月の国会で「経済再生が最優先の課題」と述べていたが、経済成長を最重視する政策姿勢からは距離を置きつつあるということだろうか。

プロフィール

村上尚己

アセットマネジメントOne シニアエコノミスト。東京大学経済学部卒業。シンクタンク、証券会社、資産運用会社で国内外の経済・金融市場の分析に20年以上従事。2003年からゴールドマン・サックス証券でエコノミストとして日本経済の予測全般を担当、2008年マネックス証券 チーフエコノミスト、2014年アライアンスバーンスタン マーケットストラテジスト。2019年4月から現職。著書「日本の正しい未来」講談社α新書、など多数。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏への量刑言い渡し延期、米NY地裁 不倫口

ビジネス

スイス中銀、物価安定目標の維持が今後も最重要課題=

ワールド

北朝鮮のロシア産石油輸入量、国連の制限を超過 衛星

ワールド

COP29議長国、年間2500億ドルの先進国拠出を
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでいない」の証言...「不都合な真実」見てしまった軍人の運命
  • 4
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 5
    プーチンはもう2週間行方不明!? クレムリン公式「動…
  • 6
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 7
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」…
  • 8
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 9
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 10
    巨大隕石の衝突が「生命を進化」させた? 地球史初期…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 5
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 6
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 7
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 8
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 9
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 10
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 10
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story