コラム

円安の投機を後押しした日本メディアの極論

2022年11月15日(火)14時10分

ドル高円安を投機的に促した日本側の要因

また、夏場以降のドル高円安を投機的に促した要因が、日本側にもあったのではないか。ドル高円安の本質である米国の動向は、日本のメディアではあまり重視されずに、日本の視点から「大幅な円安進行」が注目されるようになったのである。

食料品価格などの一部の価格上昇が円安で後押しされて、円安が身近な問題になり、また、四半世紀ぶりに通貨当局が「円買い介入」に踏み切った。こうした中で、経済事象をあまり扱わないメディアすら、「大幅円安」を扱うようになっていた。実際に、普段経済問題を扱わないメディアから筆者は円安に関して最近取材をうけたのだが、後知恵だがこうした事象が、円安ドル高が「行き過ぎ」の領域に入っていたシグナルだったかもしれない。

また、ドル高円安の本質である米国の要因についての認識が十分ではない、日本のメディアは様々な「円安論」を伝えるようになった。例えば、「大幅な通貨安は、日本経済衰退や国力低下の象徴」「円安に歯止めがかからず、経済危機が起きる」「悪い円安」などの、根拠が曖昧な議論である。こうした論者の見解がメディアやSNSを通じて拡散され、円安に対して過度な関心が国内で強まったことが、夏場以降の円安を投機的に後押ししたようにみえる。

同様に、財政赤字拡大や日本銀行のバランスシートの劣化などが、円安をもたらすという一面的な議論も、最近増えているように感じる。ただ、そもそも、こうした議論は、20年以上前から「狼少年」の如く登場しているわけだが、全く実現していない。

日本の公的債務が他国に比べて多いとしても、それが理由で円安が止まらなくなるというのも、中央銀行がインフレを制御している状況では簡単には起こらないのが実情である。こうした現実を無視して、円安が一度進むと止まらなくなるなどの極論が広まったことが、夏場以降の円安進行を後押していた可能性がある。

通貨安を煽る極論が行き過ぎた円安を引き起こす

米国で高インフレの制御に時間がかかっていたことがドル高円安の本質だが、日本国内では極論に基づいて通貨安を懸念する論者やメディアの声が強まり、円安が自己実現的に進んでしまったのではないだろうか。このまま、円安が止まれば、円安を煽る論者の声は自然に小さくなるのだろう。

ただ、何年後かは分からないが円安が大きく進む度に、今回の騒動は忘れられ、また通貨安を煽る極論が復活するのだろうか。そして、再び行き過ぎた円安を引き起こすのかもしれない。

(本稿で示された内容や意見は筆者個人によるもので、所属する機関の見解を示すものではありません)

プロフィール

村上尚己

アセットマネジメントOne シニアエコノミスト。東京大学経済学部卒業。シンクタンク、証券会社、資産運用会社で国内外の経済・金融市場の分析に20年以上従事。2003年からゴールドマン・サックス証券でエコノミストとして日本経済の予測全般を担当、2008年マネックス証券 チーフエコノミスト、2014年アライアンスバーンスタン マーケットストラテジスト。2019年4月から現職。『日本の正しい未来――世界一豊かになる条件』講談社α新書、など著書多数。最新刊『円安の何が悪いのか?』フォレスト新書が2025年1月9日発売。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story