コラム

円安の投機を後押しした日本メディアの極論

2022年11月15日(火)14時10分

11月11日、為替市場は円高に動いた...... REUTERS/Issei Kato

<近頃の円高ドル安の動きは、春先から続いた円安ドル高基調が、大きな転換点を迎えたと位置づけられるのではないか。その背景を考える......>

米中間選挙後の11月10日に公表された、10月分の米CPIが予想外に下振れたことをきっかけに、米金融市場では大きく株高、金利低下が進んだ。為替市場ではドル円は1ドル146円台から一気に142円台前半に下落、翌11日には一時138円台まで更に円高に動いた。2日間(10~11日)で7円も円高が進んだのは、1998年以来24年ぶりの上昇率と報じられている。

この大幅な円高ドル安の動きは、春先から続いた円安ドル高基調が、大きな転換点を迎えたと位置づけられるのではないか。当コラム(9月20日)などで、今年のドル高円安の主たる要因が米国にあり、米国経済やFRB(連邦準備理事会)の政策でドル円の方向は変わるとの考えを筆者は示してきた。この意味で、米国のインフレ指標がドル高円安の動きに影響するのは自然である。

円安というよりドル高の側面が大きかった

実際に、米国の高インフレを抑制するために、FRBによる「異例の大幅利上げ」が続くとの期待が、世界的なドル高をもたらした。ユーロなど多くの主要通貨対比でドル高が進んでおり、円安というよりドル高の側面が大きかったのである。

FRBによる引締めが「後手に回った」などの批判も散見され、「一時的」と思われた高インフレが、筆者にとっても予想外に長引いていた。そして、高インフレが収まらない状況が、永続するかのような悲観論が金融市場でも広がり、ドル高圧力を強めていたようにみえる。

ただ、中央銀行が利上げを続ければ、経済活動やインフレに影響するのは自明のことである。11月2日FOMC(連邦公開市場委員会)で、パウエル議長は、利上げの到達点を引き上げる考えを示す一方で、利上げペースを緩める対応を否定しなかった。

これは、FRBの金融政策の転換を意味するわけではなく、利上げを続けるFRBの姿勢は明らかである。そして、単月のCPIだけでインフレ動向を判断するのは難しく、インフレ鎮静化にはまだ時間がかかるとみられ、利上げは2023年春先まで続く可能性が高いと筆者は引き続き考えている。

この意味で、単月のCPIの値動きが、FRBの政策に及ぼす影響は決定的ではない。少なくとも言えることは、FRBによる利上げの景気抑制効果がようやく表れ始めている、ということではないか。

投機的な値動きも多分に影響していた

一方、これまでのドル円の動きを振り返ると、1ドル115円付近だった年初から一時150円台まで動いたわけで、短期間で実に約30 %もドル高円安が進んでいた。FRBの金融引締めによってドル高が説明できるとしても、先進国通貨の相対価格であるドル円レートが半年余りで30 %もの変動に至った背景には、投機的な値動きも多分に影響していた可能性がある。行き過ぎたドル高円安を転換させるには、FRBの引締め姿勢がほんの少し変わることを示す、「僅かなきっかけ」で十分だったのだろう。

通貨価値の相対価格である為替レートは、短期的にはいわゆる均衡値が存在しない。このため、市場参加者の期待や声が錯綜すると、一方向に値動きが行き過ぎる、いわゆるオーバーシュートが起きる。そして、ドル円などの先進国通貨において短期間での20%を超える変動については、投機が促すオーバーシュートである場合が多く、1ドル140円を超えていたドル円の値動きは、そのように位置付けられるように思われる。

プロフィール

村上尚己

アセットマネジメントOne シニアエコノミスト。東京大学経済学部卒業。シンクタンク、証券会社、資産運用会社で国内外の経済・金融市場の分析に20年以上従事。2003年からゴールドマン・サックス証券でエコノミストとして日本経済の予測全般を担当、2008年マネックス証券 チーフエコノミスト、2014年アライアンスバーンスタン マーケットストラテジスト。2019年4月から現職。『日本の正しい未来――世界一豊かになる条件』講談社α新書、など著書多数。最新刊『円安の何が悪いのか?』フォレスト新書が2025年1月9日発売。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

UAE大統領、トランプ氏と電話会談 ガザ停戦を協議

ビジネス

2月企業向けサービス価格、前年比3.0%上昇=日銀

ワールド

黒海合意、ロシアの利益と世界の食糧安保のため=外相

ビジネス

米食品大手クローガーとアルバートソンズ、合併破談巡
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
2025年4月 1日号(3/25発売)

トランプの「逆風」をはね返す企業の努力が地球を救う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 2
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取締役会はマスクCEOを辞めさせろ」
  • 3
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 4
    「トランプが変えた世界」を30年前に描いていた...あ…
  • 5
    「テスラ離れ」止まらず...「放火」続発のなか、手放…
  • 6
    トランプ批判で入国拒否も?...米空港で広がる「スマ…
  • 7
    老化を遅らせる食事法...細胞を大掃除する「断続的フ…
  • 8
    「悪循環」中国の飲食店に大倒産時代が到来...デフレ…
  • 9
    【クイズ】アメリカで「ネズミが大量発生している」…
  • 10
    【クイズ】トランプ大統領の出身大学は?
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 3
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 4
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 5
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 6
    「低炭水化物ダイエット」で豆類はNG...体重が増えな…
  • 7
    「テスラ離れ」止まらず...「放火」続発のなか、手放…
  • 8
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 9
    【クイズ】世界で2番目に「レアアース」の生産量が多…
  • 10
    古代ギリシャの沈没船から発見された世界最古の「コ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 3
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 4
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 7
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 8
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 9
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 10
    【クイズ】アメリカを貿易赤字にしている国...1位は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story