コラム

為替介入の実現可能性と限界──日本経済にとっての無視できないリスクとは?

2022年09月20日(火)18時50分

米国経済は、既に減速局面に入っている

現在のように米国がインフレ鎮静化を最優先にしている中で、米国の当局の了解を得ることは難しいように思われる。なお、米ドル実効レートをみると、これまでのFRBの引き締めを織り込む過程で、2021年5月から2022年7月まで約15%ドル高になっている。同様にFRBの前回の利上げ局面でのドル高局面(2014年7月~2016年1月)では、23%ドル高が進んだ。前回対比で今回のFRBの利上げピッチは相当早いのだが、それと比べて為替市場におけるドル高のペースは早いわけではなく、ドル高が行き過ぎているとは判断されないだろう。このため、インフレ制御最優先の米国にとって、更なるドル高が望ましいと考えていると思われる。

もちろん、米国から難色を示されても、政治主導で日本の当局が為替介入を行う可能性はある。ただ、過去の介入後の為替市場の変動は様々だが、金融政策の変更を伴わない場合は、為替市場の趨勢を変えるには至らないだろう。つまり、ドル円の投機的な値動きを抑制する効果はあるとしても、米日の経済動向や金融政策が変わらなければ、為替市場の方向を変えるのは難しい。そしてこの点は、当局も認識しているように思われる。

このため、為替介入などの対応や思惑で、今後為替市場が短期的に上下する場面があるとしても、ドル円の行方は、主にFRBの政策と米国の経済・インフレが左右する状況が続きそうである。

米国経済は、これまでの大幅な利上げによる引き締め効果によって、既に減速局面に入っていると思われる。ただ、米経済の減速が、労働市場まで及ぶとの筆者の想定に反してこれまでの労働市場が堅調なままで、高インフレ抑制に時間がかかっている。

少なくとも2023年にかけて大幅利上げを続けるFRBの姿勢がほとんど変わらないことが、今週21日に結果が判明するFOMC(公開市場委員会)でも示されるだろう。既に、FOMCメンバーの政策金利の見通し(ドットチャート)が、6月対比で大きく上方修正されて、政策金利が4%を超える可能性はある程度は織り込まれているが、FOMCをきっかけに、ドル高期待が転換する可能性は低いように思われる。

岸田政権が金融財政政策の引締め方向に転じれば......

ただ、米国の大幅利上げが延々続く訳ではない(同様に、「円安が止まらなくなる」などの極論が実現することもあり得ないだろう)。米国では急ピッチな金融引き締めによって、2023年に本格化すると予想される景気減速が、より厳しくなるリスクはむしろ高まっているように思われる。

このため、2023年に予想される米国の状況変化に備えて、現在は、円安の負の部分を財政政策によって軽減し、かつ金融緩和を徹底しつつ可能な限り円安を許容することが、日本にとっては望ましい対応であることは変わらないだろう。仮に、既存メディアが作り出す円安批判の世論に配慮して、岸田政権が金融財政政策の早期に引締め方向に転じれば、それは日本経済にとって無視できないリスクになりかねない。

(本稿で示された内容や意見は筆者個人によるもので、所属する機関の見解を示すものではありません)

プロフィール

村上尚己

アセットマネジメントOne シニアエコノミスト。東京大学経済学部卒業。シンクタンク、証券会社、資産運用会社で国内外の経済・金融市場の分析に20年以上従事。2003年からゴールドマン・サックス証券でエコノミストとして日本経済の予測全般を担当、2008年マネックス証券 チーフエコノミスト、2014年アライアンスバーンスタン マーケットストラテジスト。2019年4月から現職。『日本の正しい未来――世界一豊かになる条件』講談社α新書、など著書多数。最新刊『円安の何が悪いのか?』フォレスト新書が2025年1月9日発売。

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