コラム

円安批判の肥大化と黒田総裁の発言の意味

2022年04月20日(水)15時30分

黒田総裁のトーンダウンは、日本銀行や政府の政策転換を意味するだろうか? REUTERS/Kim Kyung-Hoon

<円安批判の声は、メディアなどで肥大化しているようにみえる。黒田総裁のトーンダウンは、日本銀行や政府の政策転換を意味するだろうか?>

為替市場において、4月13日には1ドル126円台まで円安ドル高が進み、今週19~20日にかけて2日間で大きく動き、一時は129円台まで円安が加速した。米10年金利が2.9%台まで上昇するなどの、米国の金利上昇がドル高円安を促す主要因になっている。こうした中で、125円台よりも円安が進み、20年ぶりの円安になったと日々報じられている。

円安は負の側面が注目されやすい

日本銀行による「円安をプラスである」とのスタンスは当面変わる可能性は低い点などを、筆者はこれまでのコラム等で指摘してきた。このため、FRBの利上げ前倒し姿勢の強まりがもたらす米金利上昇とともに、ドル高円安が続く可能性は十分あり得ると考えていた(ペースは予想外に早いが)。

一方で、円安が進むにつれて、円安を問題視するメディアの報道が増えている。こうした批判的な報道が市場関係者の考えに影響を及ぼしているのか、あるいは「円安はそろそろ終わり」との見方が覆されているのだろうか、長期金利を制御する金融緩和を続けて円安を容認する日本銀行に対する批判的な見方が増えているように見える。

円安は経済主体によって異なる影響を及ぼし、家計や輸入企業のコスト増という負の側面が注目されやすい。ただ、円安によって、円ベースでの企業の売上や利益が大きく増えるなどの、ポジティブな効果も強まる。インフレ率全体が十分上昇していない日本経済にとっては、金融緩和がもたらす通貨安は、経済成長やインフレ率を押し上げるプラスの効果が大きい。この日本銀行の基本的な認識は変わっていないだろう。

円安によって、家計や輸入企業のコスト増をもたらす、というネガティブな影響があるのは確かである。ただ、最近の円安進行で、ネガティブな影響が、ポジティブな効果を上回ったなどの説得力がある分析を筆者は目にしたことがない。「20年ぶりの円安」という事実だけがフォーカスされコスト増などの声が大きく報じられ、「悪い円安」との認識が強まっている側面が大きいのではないか(円安で恩恵をうける企業の声は報じられにくい)。

円安が望ましいかどうかは、その時の経済状況による

円安批判の声は、メディアなどで肥大化しているようにみえる。一つ例をあげれば、「円安依存の政策は望ましくない」との考えである。実際には、日本の金融政策運営において、通貨水準をターゲットにしていない。現在の金融政策の効果が通貨変動を通じて発揮されるにしても、金融緩和政策によって経済成長やインフレ率を適度に制御するのは、教科書どおりの経済政策であり、どこの国も使っている。「円安依存から脱却すべき」は一見もっともらしいが、妥当な考えとは言えないだろう。

結局、円安が望ましいかどうかは、その時の経済状況に依存する。金融緩和による円安によって、日本企業の価格競争力が向上したり企業利益が増えるので、家計を含めた日本全体の状況が改善する。日本は2%インフレに達していないので、日本の経済的な豊かさを高める余地はまだ残っているように思われる。メディアなどで肥大化している円安批判論の多くは、この観点を忘れているようにみえる。

18日に、黒田日銀総裁は、衆院決算行政監視委員会において、最近の円安を「かなり急速な為替変動」とした上で、「非常に大きな円安とか、急速な円安の場合はマイナスが大きくなる」と述べた。「円安が全体としてプラスという評価を変えたわけではないが、やはり過度に急激な変動は不確実性の高まりを通じて、マイナスに作用することも考慮する必要がある」と述べた。

プロフィール

村上尚己

アセットマネジメントOne シニアエコノミスト。東京大学経済学部卒業。シンクタンク、証券会社、資産運用会社で国内外の経済・金融市場の分析に20年以上従事。2003年からゴールドマン・サックス証券でエコノミストとして日本経済の予測全般を担当、2008年マネックス証券 チーフエコノミスト、2014年アライアンスバーンスタン マーケットストラテジスト。2019年4月から現職。『日本の正しい未来――世界一豊かになる条件』講談社α新書、など著書多数。最新刊は『円安の何が悪いのか?』フォレスト新書。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上

ワールド

ガザ支援搬入認めるようイスラエル首相に要請=トラン
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 7
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 8
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 9
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story