コラム

日本は「緊縮策の病」を克服できるか

2021年07月01日(木)13時20分

IMFが集計した新型コロナ対応の財政政策を国際比較したデータでは、日本は先進国の中では、GDP比で大幅な財政政策を発動したと位置付けられる。ただ、言うまでもないが、経済成長率を押し上げるのは、組まれた予算金額ではなく歳出され民間経済に波及する規模である。

予算の半分程度しか歳出が行われなければ、財政政策の押し上げ効果が減るのは当然である。2021年1−3月期に日本経済はマイナス成長に転じ、4−6月期も2四半期連続でマイナス成長が続いていると筆者は試算している。

本来の予算規模に見合った十分な政策対応だったのか

2021年前半の日本経済停滞の主たる要因は、新型コロナ対応として経済活動制限を強化して緊急事態宣言などを発動したことである。もちろん、新型コロナの流行を完全に制御することは不可能で、感染症対策強化と経済活動との両立はかなり難しい。ただ、活動制限と共に効果がある十分な財政支出が行われれば、2021年前半の経済成長率の落ち込みを和らげることは可能だっただろう。

先に紹介した2020年度内に未執行だった予算、そして2021年度当初予算に計上された5兆円の予備費を含めて、新型コロナ対応に使える予算はかなり大きい。こうした中で、活動制限によって致命的なダメージを受ける外食産業などへの支援金が自治体を通じて支給され、雇用調整助成金拡充の延長などの一定の財政支出が行われた。ただ、菅政権がコロナ対応の財政政策を積極的に拡大する姿勢は、これまでほとんどみられなかった。本来の予算規模に見合ったかつ十分な政策対応だったのか、筆者は疑問視している。

今後10年の日本経済の行方を大きく左右する

これまで、政府が大規模な予算を策定しても、新型コロナへの対応策として、迅速かつ十分に財政支出が実現しないのはなぜか。

一つ目は、2020年12月に策定された、第三次補正予算が新型コロナ対応には繋がらない分野の予算であったことである。

二つ目は、コロナ感染と経済活動を両立させる、病床や医療資源拡充を実現させる医療分野への財政支出が、十分実現しなかったことである(もちろん、最近のワクチン接種推進によって、他の先進国並みに接種ペースを早めることができたので、この点は菅政権の大きな成果である)。

新型コロナによって、未知の感染症の流行に対して貧弱な日本の医療体制が明らかになった。医療体制を巡る制度や法体系が硬直的なため、医療制度が公的保険制度で運営されているにも関わらず、官邸や霞が関の意向で動かせないことが障害になった。これは、非常時の「私権の制限」を行うことが難しい、現行の法体系の不備の問題と似ているのかもしれない。

三つ目は、非常対応として予算が策定されても、執行を抑制する目に見えない力が霞ヶ関に浸透していることが、財政政策がスムーズに執行されていないことに影響している、と筆者は推測している。国際経済学者のマーク・ブライスが唱える「緊縮策という病」に囚われた当局者が依然多いことが、新型コロナ禍を機にあらわになったと筆者は考えている。

先に挙げた6月3日当コラムにおいて、米国のバイデン政権の政策転換は、「緊縮策という病」を米国が一足早く克服しつつあることと筆者は位置づけた。

米国を見習い、コロナ禍後の経済正常化を加速させる為に、総選挙を控えた菅政権が、積極的な財政政策をしばらく続けて金融緩和政策をサポートすることで、マクロ安定化政策を一段と徹底するか。この政策判断が、今後10年の日本経済の行方を大きく左右すると筆者は考えている。

プロフィール

村上尚己

アセットマネジメントOne シニアエコノミスト。東京大学経済学部卒業。シンクタンク、証券会社、資産運用会社で国内外の経済・金融市場の分析に20年以上従事。2003年からゴールドマン・サックス証券でエコノミストとして日本経済の予測全般を担当、2008年マネックス証券 チーフエコノミスト、2014年アライアンスバーンスタン マーケットストラテジスト。2019年4月から現職。『日本の正しい未来――世界一豊かになる条件』講談社α新書、など著書多数。最新刊『円安の何が悪いのか?』フォレスト新書が2025年1月9日発売。

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