コラム

日本は「緊縮策の病」を克服できるか

2021年07月01日(木)13時20分

コロナ禍後の経済正常化を加速させるための政策判断が、今後10年の日本経済の行方を大きく左右する Behrouz Mehri/REUTERS

<米国では財政政策が経済復調を大きく後押ししているが、日本の状況はどうか...... >

6月24日米国では、バイデン大統領と約20名の超党派議員グループの間で、8年間で約1.2兆ドル規模のインフラ投資案が合意された。これは、バイデン政権が掲げていた米国雇用計画のインフラ投資(約1.36兆ドル)が、やや規模が縮小して実現するプロセスが進んだと評価できる。

バイデン政権が打ち出した、雇用計画と家族計画は、総額2兆ドル以上の広範囲に渡る歳出拡大プランである。これを実現させるために、まず多くの米国民が望んでいるとされているインフラ投資について共和党を含めた超党派で合意をまとめた。

そして、共和党議員の賛同を得ることが難しい、低所得世帯や子育て世代に対する所得分配強化政策については、民主党議員が合意できる内容に修正して財政調整措置を使って実現を目指すのだろう。つまり、大規模な財政政策を、2つに分けて実現させるバイデン政権の戦術がはっきりした。実現が容易なインフラ投資から手をつけたこの戦術は合理的である。

バイデン政権は、妥協しながら拡張的な財政政策を目指す

今回の超党派の合意は、ある程度の規模縮小を許容して、共和党や中道派の議員に対して妥協しながら、拡張的な財政政策をバイデン政権が目指すという筆者を含めた、多くの市場参加者の想定に沿った展開と言える。ただ、今後、大きく2つに分けた財政プランが、議会で議論される見通しだが、どのようなスケジュールでこれらが合意に至るかはまだ流動的な部分が大きい。

そして、超党派で合意したインフラ投資に関しては、その財源の裏付けが明確ではなく、徴税強化など法人税などの税率引き上げを伴わない財源確保が想定されているとみられる。増税に反対する共和党議員の合意を得る為に、法人税率引き上げなどを伴わないパッケージになったのだろう。

つまり、超党派のインフラ投資案は、法人税などの増税を伴わずに、インフラ投資が先行して実現する可能性が高まったことを意味する。筆者が6月3日当コラムなどで述べてきたが、コロナ禍の後も、当面米国では財政政策が経済成長率を押し上げ続けるとみられる。そして、積極的な財政政策を主張するブランシャール教授など米国の一流の経済学者による論考が、バイデン政策の財政政策姿勢に大きく影響している。

大規模に策定された予算が、迅速かつ十分に執行されない日本

米国では財政政策が経済復調を大きく後押ししているが、日本の状況はどうか。6月9日の国会で、国民民主党の玉木雄一郎代表との討論において、菅義偉首相は2020年度からの補正予算などの繰越が30兆円程度あると言及した 。新型コロナ対応によって20年度に策定された補正予算は総額70兆円以上だが、その半分弱が4月以降に繰延べされているということである。

日本では、大規模に策定された予算が、迅速かつ十分に執行されない。このため、米国のように財政赤字が拡大せずに、日本の財政政策発動は不十分との見方を筆者はこれまで述べてきた。これはデータをみていれば明らかなのだが、大手メディアがこの点を報じることはほぼなかった。この実態を官邸が最近ようやく認識したのだろうか、菅首相の発言をきっかけにメディアがようやく報じ始めたとみられる。

プロフィール

村上尚己

アセットマネジメントOne シニアエコノミスト。東京大学経済学部卒業。シンクタンク、証券会社、資産運用会社で国内外の経済・金融市場の分析に20年以上従事。2003年からゴールドマン・サックス証券でエコノミストとして日本経済の予測全般を担当、2008年マネックス証券 チーフエコノミスト、2014年アライアンスバーンスタン マーケットストラテジスト。2019年4月から現職。著書「日本の正しい未来」講談社α新書、など多数。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ロシア富裕層の制裁回避ネットワークを壊滅、米英が連

ワールド

「安保の状況根底から変わること危惧」と石破首相、韓

ビジネス

欧州経済、今後数カ月で鈍化へ 貿易への脅威も増大=

ビジネス

VWブルーメCEO、労使交渉で危機感訴え 労働者側
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:サステナブルな未来へ 11の地域の挑戦
特集:サステナブルな未来へ 11の地域の挑戦
2024年12月10日号(12/ 3発売)

地域から地球を救う11のチャレンジと、JO1のメンバーが語る「環境のためできること」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    健康体の40代男性が突然「心筋梗塞」に...マラソンや筋トレなどハードトレーニングをする人が「陥るワナ」とは
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    【クイズ】核戦争が起きたときに世界で1番「飢えない国」はどこ?
  • 4
    韓国ユン大統領、突然の戒厳令発表 国会が解除要求…
  • 5
    NewJeansの契約解除はミン・ヒジンの指示? 投資説な…
  • 6
    BMI改善も可能? リンゴ酢の潜在力を示す研究結果
  • 7
    肌を若く保つコツはありますか?...和田秀樹医師に聞…
  • 8
    混乱続く兵庫県知事選、結局SNSが「真実」を映したの…
  • 9
    ついに刑事告発された、斎藤知事のPR会社は「クロ」…
  • 10
    JO1が表紙を飾る『ニューズウィーク日本版12月10日号…
  • 1
    BMI改善も可能? リンゴ酢の潜在力を示す研究結果
  • 2
    エリザベス女王はメーガン妃を本当はどう思っていたのか?
  • 3
    健康体の40代男性が突然「心筋梗塞」に...マラソンや筋トレなどハードトレーニングをする人が「陥るワナ」とは
  • 4
    ウクライナ前線での試験運用にも成功、戦争を変える…
  • 5
    メーガン妃の支持率がさらに低下...「イギリス王室で…
  • 6
    NewJeansの契約解除はミン・ヒジンの指示? 投資説な…
  • 7
    「時間制限食(TRE)」で脂肪はラクに落ちる...血糖…
  • 8
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 9
    エスカレートする核トーク、米主要都市に落ちた場合…
  • 10
    バルト海の海底ケーブルは海底に下ろした錨を引きず…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 7
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
  • 10
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story