コラム

シュルツSPD首相候補の登場はドイツを変えるか?

2017年02月27日(月)18時30分

今日のドイツの経済的な繁栄は、2000年代前半から始まった「シュレーダー改革」によるものとドイツでは認識されている。当時のドイツは経済状況が悪く、とりわけ財政赤字の拡大と低成長が大きな問題となっていた。そしてその原因は、1990年代のコール政権の時代にグローバル化する世界経済の中で、必要とされる経済構造改革を進められなかったことであるとされた。当時のシュレーダー首相は経済界からの声を取り入れ、働く意欲を削ぐ社会保障制度改革、労働市場改革、規制緩和を大胆に進めた。この政策は2005年末に誕生したメルケル大連立政権にも引き継がれ、ドイツ経済を活性化させた。

労働市場改革や規制緩和は、企業を容易にしたり労働コストを低下させたりするなどドイツ経済の構造改革を進める一方で、任期付き契約雇用、派遣労働を増加させ、社会経済的に負のスパイラルに陥った人々には厳しい改革ともなった。そのためSPD左派から離脱した人々は旧共産党系のPDSと合流し、左派党を結党し、連邦議会にも議席を維持し続けているのである。

シュルツはいわば外から突然登場した候補なので、「シュレーダー改革」を推進してきたシュタインマイヤーやガブリエルのようなSPDの中心を構成し、かつ大連立政権内でメルケル首相と政策を実施してきた政治家たちとは違った新鮮さを持っているのである。

政策議論は深まるのか?

サッカーの大ファンで、若い頃にアルコール依存症となりそれを克服した経歴を隠すこともなく、普通の市民感覚を失っていないと思われるシュルツの話し方や行動はこれまで非常に高く評価されてきた。

シュレーダー改革に問題点があることをはっきりと指摘し、普通に長年働いたものは当然年金の恩恵を受けられるべきであり、その年金が生活保護レベルというのはおかしい、というような発言をする姿はこれまでのところ、非常に高く評価されている。2月24日に公共放送ARDで報道された世論調査ではSPDがCDUの支持を2006年以来はじめて上回った。ガブリエル党首が首相候補であれば、短期間でのこのような大逆転は決して起きなかったことは確かである。

世論調査ではメルケル首相のCDUも確かに支持率を下げているが、同時に左派党からもSPDに支持が流れている。つまり、シュルツ首相候補はこれまでのところ、シュレーダー改革への不安や不満のはけ口となっていた抗議政党に向かっていた支持を、SPDに取り戻すことに短期的には成功しているのである。そして同じ時期に右翼ポピュリスト政党であるドイツの選択肢(AfD)では再び内紛が起きており、難民危機時の勢いは失われている。

しかし、欧州議会から突然やってきたシュルツ人気は9月24日の連邦議会選挙まで継続するのであろうか。

これはまだ選挙マニフェスト、選挙後の政策構想が確定していない段階では評価は難しい。シュルツ率いるSPDは外交・安全保障、対EU政策などではメルケル首相率いるCDU/CSUと大きな違いはないので、国際的なドイツの振る舞いが変わることはない。難民問題ではSPDの政策はCDU以上にリベラルであり、この点も大きな変化は見られないであろう。

プロフィール

森井裕一

東京大学大学院総合文化研究科教授。群馬県生まれ。琉球大学講師、筑波大学講師などを経て2000年に東京大学大学院総合文化研究科助教授、2007年准教授。2015年から教授。専門はドイツ政治、EUの政治、国際政治学。主著に、『現代ドイツの外交と政治』(信山社、2008年)、『ドイツの歴史を知るための50章』(編著、明石書店、2016年)『ヨーロッパの政治経済・入門』(編著、有斐閣、2012年)『地域統合とグローバル秩序-ヨーロッパと日本・アジア』(編著、信山社、2010年)など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ロシア、キーウ攻撃に北朝鮮製ミサイル使用の可能性=

ワールド

トランプ氏「米中が24日朝に会合」、関税巡り 中国

ビジネス

米3月耐久財受注9.2%増、予想上回る 民間航空機

ワールド

トランプ氏、ロのキーウ攻撃を非難 「ウラジミール、
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは?【最新研究】
  • 2
    日本の10代女子の多くが「子どもは欲しくない」と考えるのはなぜか
  • 3
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 4
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 5
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    「地球外生命体の最強証拠」? 惑星K2-18bで発見「生…
  • 8
    謎に包まれた7世紀の古戦場...正確な場所を突き止め…
  • 9
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初…
  • 10
    【クイズ】世界で最もヒットした「日本のアニメ映画…
  • 1
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 2
    しゃがんだ瞬間...「えっ全部見えてる?」ジムで遭遇した「透けレギンス」投稿にネット騒然
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    【クイズ】売上高が世界1位の「半導体ベンダー」はど…
  • 9
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 10
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 8
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story