コラム

シュルツSPD首相候補の登場はドイツを変えるか?

2017年02月27日(月)18時30分

シュルツは欧州議会内で着実に実績を積み、2012年には議長となった。そのフェアな議会運営の手腕は多くの政党から幅広く評価された。

そしてシュルツが欧州議会議長を務めた時期は、EUの基本条約がリスボン条約によって改正され、欧州議会の権限が拡大された時期とも重なり、議長としてのシュルツにも以前にも増して注目が集まるようになった。またその後のギリシャ危機やウクライナ危機、難民危機などEUの様々な危機に際してはドイツ国内のメディアにEUの顔として頻繁に登場し、市民に認識されるようになった。この点でシュルツは新しい候補ではあるが、未知数の政治家ではない安心感があることは重要である。

リスボン条約の発効後初の2014年の欧州委員会委員長の選出過程では、シュルツはEU全体の社会民主党系政党の委員長候補となり、保守系のユンカー元ルクセンブルク首相と争った。

EU行政のトップである欧州委員会委員長はそれまではEU構成国の首脳の間での政治的駆け引きの後に選出されてきたが、リスボン条約のあいまいな規定を最大限政治的に利用した欧州議会は、欧州議会選挙で最大多数を得た会派の候補が欧州委員会委員長に自動的に選出されるべきであると主張した。これが欧州理事会を構成する首脳にも受け入れられて実現した。2014年の欧州議会選挙では保守系の欧州人民党グループが最大の議席を得たために、ユンカーが欧州委員会委員長となったが、この選挙戦の過程でシュルツの知名度と人物評価が一層高まったと言えよう。

シュルツの欧州議会議長の任期は二大会派間の取り決めにより2016年末に終了することが決まっていたが、このことは低迷していたSPDにとって良いタイミングでもあった。

ガブリエル副首相率いるSPDは、2009年の連邦議会選挙ではシュタインマイヤー外相を首相候補として擁立してメルケル首相率いるCDU/CSUに敗れ、2013年の選挙ではシュタインブリュック元財務相を首相候補として再び敗れた。難民危機によりメルケル首相への国民の支持は陰りを見せたものの、2016年末の時点ではガブリエル党首を首相候補としてもSPDに勝ち目はないことはどの世論調査を見てもはっきりしていたと言ってよいであろう。

1月末ガブリエルSPD党首はシュルツをSPDの首相候補とする決断をし、自らは連邦大統領に選出されることとなっていたシュタインマイヤーの後任として外相となった。メルケル首相率いるCDUを中心とする保守系勢力は良い連邦大統領の候補を立てることができず、大連立政権で外相として評価が高いシュタインマイヤーが連邦大統領に選出された。この時点ではシュタインマイヤーの後任としてEU諸国から信任の厚いシュルツを外相にという声もあったが、外交経験のないガブリエルが外相となって閣内にとどまったことで、シュルツは閣僚として発言や行動を制限されず選挙に専念できる候補となれたことは有利な選択であった。

シュルツの政治キャリアは欧州議会であり、ドイツ国内での政治的な実績はほぼ無い。しかしそれでもEUという国際舞台での言動はしっかりしていて高く評価されている。しかしもEUの中でも欧州委員会というエリートが構成する世界の出身ではなく、お高くとまった印象が全くない。これが国民からは新鮮で好感度の高い候補として受け入れられた大きな背景であろう。

確かにメルケル政権下のドイツ経済はかつてない好況を謳歌している。世論調査をみても、多くの国民が現状に満足している。難民危機があろうと、ギリシャ危機があろうと、国内の経済的な繁栄は、社会的な安定の基盤となっているのである。しかし全く問題がないわけではなく、グローバル化が進み競争が激化し、一部の富裕層のみがますます豊かになって、多数が貧しくなっていくのではないかという危惧も抱いている。

プロフィール

森井裕一

東京大学大学院総合文化研究科教授。群馬県生まれ。琉球大学講師、筑波大学講師などを経て2000年に東京大学大学院総合文化研究科助教授、2007年准教授。2015年から教授。専門はドイツ政治、EUの政治、国際政治学。主著に、『現代ドイツの外交と政治』(信山社、2008年)、『ドイツの歴史を知るための50章』(編著、明石書店、2016年)『ヨーロッパの政治経済・入門』(編著、有斐閣、2012年)『地域統合とグローバル秩序-ヨーロッパと日本・アジア』(編著、信山社、2010年)など。

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