コラム

うまく社会復帰できない元受刑者...映画『過去負う者』は問う、なぜ社会は過ちに不寛容か

2023年08月29日(火)17時00分
『過去負う者』

ILLUSTRATION BY NATSUCO MOON FOR NEWSWEEK JAPAN

<戸惑う観客を置き去りにし、映画はどんどん進行する。虚構と現実が逆流する感覚。エチュード(即興)的な撮影は、舩橋淳監督の真骨頂だ>

観始めてきっとあなたは戸惑う。これはドキュメンタリーなのか。劇映画ではないのか。今の言葉は脚本に書かれたせりふとは思えない。でもあの女性の顔は、以前に映画かテレビドラマで観たことがある。それとも他人の空似なのか。今の動きは何だ。周囲の人たちの表情も微妙だ。やはり台本があるとは思えない。ならばドキュメンタリーなのか。でもこのシーンでカメラは切り返している。テイクが2回以上はあるはずだ。ドキュメンタリーではあり得ない。

困惑するあなたを置き去りにしながら、映画はどんどん進行する。少年をひき逃げし殺人罪で10年服役した田中(辻井拓)は、元受刑者向けの就職情報誌「CHANGE」の仲介で小さな町中華店で働き始めるが、短気で不器用な生来の性格のため、客とけんかするなどトラブル続きだ。


この町中華のマネジャーも、やはりCHANGEに職を斡旋された元受刑者だ。同誌編集部の藤村(久保寺淳)は、刑を終えて出所したのにうまく社会復帰できない彼らのためのトレーニングとして、それぞれが与えられた役を演じる心理療法ドラマセラピーの実施を思い付き、田中たち元受刑者5人に声をかける。

なぜ社会は元受刑者に対して不寛容なのか。最大の理由は不安と恐怖だ。一度道を踏み外したならば、きっとまた同じことを繰り返す。市井に生きる多くの人は、その不安を払拭できない。加速する体感治安の悪さもこの傾向に拍車をかける。いつ何時、自分や自分の家族が不審者に襲われるかもしれない。

今年6月に山手線電車内で、外国人料理人が包丁を床に落としたことで始まったパニックは象徴的だ。駅員は警察に「電車の中で刃物を振り回している人がいる」と通報し、乗客は車両内に靴やキャリーバッグ、スマートフォンなどを放り出して集団となってホームを暴走し、3人が転倒するなどしてけがをした。

でもというか、だからこそというか、あなたに知ってほしい。日本の治安の良さは世界のトップレベルだ。人口比における殺人事件は圧倒的に少ない。しかもほぼ毎年減少している。ところが多くの国民はこのことを知らない。過剰な事件報道などが要因となって、治安は良いが体感治安は悪い。多くの人が怯えている。

プロフィール

森達也

映画監督、作家。明治大学特任教授。主な作品にオウム真理教信者のドキュメンタリー映画『A』や『FAKE』『i−新聞記者ドキュメント−』がある。著書も『A3』『死刑』など多数。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

焦点:ウクライナ巡り市民が告発し合うロシア、「密告

ワールド

台湾総統、太平洋3カ国訪問へ 米立ち寄り先の詳細は

ワールド

IAEA理事会、イランに協力改善求める決議採択

ワールド

中国、二国間貿易推進へ米国と対話する用意ある=商務
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 2
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 5
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 6
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 7
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 8
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 9
    プーチンはもう2週間行方不明!? クレムリン公式「動…
  • 10
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 10
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story