うまく社会復帰できない元受刑者...映画『過去負う者』は問う、なぜ社会は過ちに不寛容か
ILLUSTRATION BY NATSUCO MOON FOR NEWSWEEK JAPAN
<戸惑う観客を置き去りにし、映画はどんどん進行する。虚構と現実が逆流する感覚。エチュード(即興)的な撮影は、舩橋淳監督の真骨頂だ>
観始めてきっとあなたは戸惑う。これはドキュメンタリーなのか。劇映画ではないのか。今の言葉は脚本に書かれたせりふとは思えない。でもあの女性の顔は、以前に映画かテレビドラマで観たことがある。それとも他人の空似なのか。今の動きは何だ。周囲の人たちの表情も微妙だ。やはり台本があるとは思えない。ならばドキュメンタリーなのか。でもこのシーンでカメラは切り返している。テイクが2回以上はあるはずだ。ドキュメンタリーではあり得ない。
困惑するあなたを置き去りにしながら、映画はどんどん進行する。少年をひき逃げし殺人罪で10年服役した田中(辻井拓)は、元受刑者向けの就職情報誌「CHANGE」の仲介で小さな町中華店で働き始めるが、短気で不器用な生来の性格のため、客とけんかするなどトラブル続きだ。
この町中華のマネジャーも、やはりCHANGEに職を斡旋された元受刑者だ。同誌編集部の藤村(久保寺淳)は、刑を終えて出所したのにうまく社会復帰できない彼らのためのトレーニングとして、それぞれが与えられた役を演じる心理療法ドラマセラピーの実施を思い付き、田中たち元受刑者5人に声をかける。
なぜ社会は元受刑者に対して不寛容なのか。最大の理由は不安と恐怖だ。一度道を踏み外したならば、きっとまた同じことを繰り返す。市井に生きる多くの人は、その不安を払拭できない。加速する体感治安の悪さもこの傾向に拍車をかける。いつ何時、自分や自分の家族が不審者に襲われるかもしれない。
今年6月に山手線電車内で、外国人料理人が包丁を床に落としたことで始まったパニックは象徴的だ。駅員は警察に「電車の中で刃物を振り回している人がいる」と通報し、乗客は車両内に靴やキャリーバッグ、スマートフォンなどを放り出して集団となってホームを暴走し、3人が転倒するなどしてけがをした。
でもというか、だからこそというか、あなたに知ってほしい。日本の治安の良さは世界のトップレベルだ。人口比における殺人事件は圧倒的に少ない。しかもほぼ毎年減少している。ところが多くの国民はこのことを知らない。過剰な事件報道などが要因となって、治安は良いが体感治安は悪い。多くの人が怯えている。