カジノ誘致を阻止した保守の重鎮と主権在民 映画『ハマのドン』に見るこの国の行方
ILLUSTRATION BY NATSUCO MOON FOR NEWSWEEK JAPAN
<自民党歴代首相経験者や山口組などとも深いつながりがあり、保守の重鎮だった藤木幸夫はカジノを推進する自民党政権に反旗を翻す。テレビ版より明らかに進化した本作を見て考えるのは──>
テレビ局が放送した番組を映画化する。そんな例が最近は増えた。『ハマのドン』も、1年前に放送されたテレビ版は見ている。それが映画になって尺はほぼ倍になった。
僕の現在の肩書は「映画監督・作家」だけど、そもそもはテレビディレクターだった。でもテレビ局から撮影中の作品の放送を拒絶されて契約も解除され、一人になってやむなく自主制作映画を選択した。
このとき排除された『A』が映画デビュー作となった自分としては、テレビ番組を映画としてリメークすることが頻繁になった今の傾向に、どうしても違和感を払拭できない。いい身分だよな。後ろ盾は大きいし毎日の生活に不安はない。もちろん秀作はある。でも駄作も多い。尺を伸ばしただけだ。映画はテレビを補完するためにあるのではない。
そんな愚痴とも繰り言ともつかないことを思いながら見始めて数分後、僕は膝を正していた。妬みや嫉(そね)みは霧散した。明らかにテレビ版より進化している。放送後に追撮した新たな要素が、テーマの陰影をさらに深めて強化している。
横浜港湾の荷役を束ねて「ハマのドン」と呼ばれる藤木幸夫は、自民党歴代首相経験者や山口組などとも深いつながりがあり、政治力は自他共に認める存在だ。その91年間の生涯と横浜港のこれまでの軌跡に、戦中から戦後に至る日本の歴史が重なる。しかし保守の重鎮だった藤木は、カジノを推進する自民党政権に対して真っ向から反旗を翻す。理由は「ばくちは人を不幸にする」から。
さらに藤木は、今の時代は戦前の「ものを言えない空気」に似てきたと警鐘を鳴らしながら、市民たちと連帯し、かつての盟友だった菅義偉首相(当時)と全面対決する。
監督はテレビ朝日「報道ステーション」の元プロデューサーの松原文枝。2016年、改憲を目指す安倍政権が緊急事態条項の創設を画策したとき、ナチス台頭の過程との類似点を番組で指摘し話題になった人物だ。政権に批判的な姿勢から、19年に報道局を外された(と噂される)。
東海テレビの阿武野勝彦チームは例外としても、『教育と愛国』の斉加尚代や『標的の村』の三上智恵、『ちむぐりさ 菜の花の沖縄日記』の平良いずみなど、映画で成功したテレビディレクターは女性が多い。
だから女性のほうが男性よりも優れているなどと短絡するつもりはない。優秀な男もいれば優秀な女もいる。性差は関係ない。場と機会が与えられるかどうかの違いだ。