コラム

36年ぶりに『台風クラブ』を観て、変化した自分と映画の本質を思い知る

2022年03月03日(木)10時50分
『台風クラブ』

ILLUSTRATION BY NATSUCO MOON FOR NEWSWEEK JAPAN

<台風が暗喩する非日常は、10代半ばの少年少女にとって日常だ。日常が非日常を覆い隠す直前の数日を映画は鮮やかに描く>

長谷川和彦監督の伝説的な映画『太陽を盗んだ男』にワンカットだけ出演したことは、昨年の本誌1月12日号に書いた。待機時間を入れても午前中いっぱいくらいの現場体験だったけれど、僕を呼んだ制作進行(当時)の黒沢清から紹介されたチーフ助監督が、何やかやと気を遣ってくれたことを覚えている。

小柄でひげ面。どちらかといえば寡黙。でも細やか。ディレクターズチェアにどっかりと座った長谷川監督がイメージどおり豪放磊落(らいらく)な演出をしていたから、この業界にもいろんなタイプがいるんだな、と思ったことも記憶にある。

そのチーフ助監督は、翌年の1980年に『翔んだカップル』で監督デビューを果たす。相米慎二だ。さらに81年には『セーラー服と機関銃』で興行的な成功を収め、83年の『魚影の群れ』を挟んで、85年に『台風クラブ』を発表した。

本作のカット割りは最小限。基本はワンシーンワンカット。寄りはほとんどない。つまり引きが多い。照明はぎりぎりまで自然光。暗い。そして遠い。だから俳優の表情は分かりづらい。

ならば芝居はアバウトになるはずだ。そう思いたくなるが、現場で相米は俳優たちをサディスティックなまでに追い込むことが普通だったという。ワンシーンのテストだけで、まる1日どころか2日かけたとの逸話もある。

夜のプールサイドで水着姿の女子中学生たちが踊り狂う冒頭のシーンも含めて、映画を支配するのは未成熟な狂気だ。経験を積めば予想できるはずの因果や展開が、10代半ばの少年少女には分からない。自分の感情をコントロールできない。常に現在進行形なのだ。

だから時として取り返しのつかないことをする。台風が到来する直前の胸騒ぎが、中学生たちの内面からあふれる狂気と同調する。台風が暗喩する非日常は、この時期の彼らにとって日常だ。でも彼らはやがて大人になる。日常が非日常を覆い隠す。その直前の通過儀礼である数日を、映画は鮮やかに描いている。

いっぱしの映画青年を気取っていた時期だからこそ、モンタージュなど映画の作法をアバンギャルドに否定する『台風クラブ』は衝撃だった。ただし補足するが、カットのモンタージュは少ないがシーンのモンタージュは見事だ。教師も含めて多くの主人公がパラレルに、それぞれのストーリーを紡ぐ。例えて言えば、句読点の位置が独特なのだ。

......ここまでは、20代後半の時期にこの作品を観たときの感想。当時の記憶を振り絞りながら書いた。このレビューを書くために、DVDでもう一回観た。

プロフィール

森達也

映画監督、作家。明治大学特任教授。主な作品にオウム真理教信者のドキュメンタリー映画『A』や『FAKE』『i−新聞記者ドキュメント−』がある。著書も『A3』『死刑』など多数。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

独クリスマス市襲撃、容疑者に反イスラム言動 難民対

ワールド

シリア暫定政府、国防相に元反体制派司令官を任命 外

ワールド

アングル:肥満症治療薬、他の疾患治療の契機に 米で

ビジネス

日鉄、ホワイトハウスが「不当な影響力」と米当局に書
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:アサド政権崩壊
特集:アサド政権崩壊
2024年12月24日号(12/17発売)

アサドの独裁国家があっけなく瓦解。新体制のシリアを世界は楽観視できるのか

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が明らかにした現実
  • 2
    おやつをやめずに食生活を改善できる?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    【駐日ジョージア大使・特別寄稿】ジョージアでは今、何が起きているのか?...伝えておきたい2つのこと
  • 4
    ロシア西部「弾薬庫」への攻撃で起きたのは、戦争が…
  • 5
    「たったの10分間でもいい」ランニングをムリなく継続…
  • 6
    映画界に「究極のシナモンロール男」現る...お疲れモ…
  • 7
    村上春樹、「ぼく」の自分探しの旅は終着点に到達し…
  • 8
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 9
    「私が主役!」と、他人を見下すような態度に批判殺…
  • 10
    【クイズ】世界で1番「汚い観光地」はどこ?
  • 1
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が明らかにした現実
  • 2
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──ゼレンスキー
  • 3
    村上春樹、「ぼく」の自分探しの旅は終着点に到達した...ここまで来るのに40年以上の歳月を要した
  • 4
    おやつをやめずに食生活を改善できる?...和田秀樹医…
  • 5
    女性クリエイター「1日に100人と寝る」チャレンジが…
  • 6
    コーヒーを飲むと腸内細菌が育つ...なにを飲み食いす…
  • 7
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命を…
  • 8
    ウクライナ「ATACMS」攻撃を受けたロシア国内の航空…
  • 9
    【クイズ】アメリカにとって最大の貿易相手はどこの…
  • 10
    「どんなゲームよりも熾烈」...ロシアの火炎放射器「…
  • 1
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 2
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が明らかにした現実
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    ロシア兵「そそくさとシリア脱出」...ロシアのプレゼ…
  • 5
    半年で約486万人の旅人「遊女の数は1000人」にも達し…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    「炭水化物の制限」は健康に問題ないですか?...和田…
  • 8
    ミサイル落下、大爆発の衝撃シーン...ロシアの自走式…
  • 9
    コーヒーを飲むと腸内細菌が育つ...なにを飲み食いす…
  • 10
    2年半の捕虜生活を終えたウクライナ兵を待っていた、…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story