『太陽を盗んだ男』は今ならば絶対に撮れない、荒唐無稽なエンタメ映画
ILLUSTRATION BY NATSUCO MOON FOR NEWSWEEK JAPAN
<バスジャックして皇居に突撃する軍服姿の老人、盗んだプルトニウムで原爆を作る中学教師──。長谷川和彦監督の『太陽を盗んだ男』は、リアリティーをほとんど放棄し、エンタメに振り切っている。しかし、荒唐無稽なだけの映画ではない>
大学を卒業した翌年だったと思う。いや待てよ。単位が足りなくて4年生を2回やったから、まだ大学に籍はあったかもしれない。
とにかくその時期、アパートの部屋にあった電話機が鳴った。かけてきたのは、大学で同じ映研に所属していた黒沢清だ。
この時期の黒沢は、長谷川和彦監督(ゴジさん)の新作の制作進行をやっていた。急な話なのだけど、と黒沢は切り出し、明日のロケに役者として参加できないか、と言った。
この時期の僕は、新劇の養成所に研究生として所属していた。つまり役者の卵。卵のまま孵化しなかった。相当にハイレベルな若気の至りだ。
思わず沈黙した僕に、ジュリーに間違われる役なんだ、と黒沢は言った。『青春の殺人者』で大きな話題になったゴジさんの新作で、しかもジュリーに間違われる役。断る選択などあり得ない。
翌日、集合場所である渋谷の東急デパートの屋上で、ゴジさんに挨拶した。緊張してて何を言われたか覚えていない。チーフ助監督の相米慎二が、とても優しかったことを覚えている。テレビで言えばADに当たる黒沢は、汗をかきながらスタッフとキャストの弁当を運んでいた。
それから数カ月後、初号試写に呼ばれた。初めての映画出演。でも僕が映り込んでいるカットは一瞬で終わった。アップも撮られたはずなのに、短い台詞(せりふ)とともにすべてカットされていた。
だからこのとき、映画を冷静に観ることはできなかった。その後に封切りを劇場で観たのだろうか。名画座かもしれない。その内容を一言にすれば荒唐無稽。特にラストの刑事(菅原文太)と主人公の中学教師(沢田研二)との闘いは、多くの人が言うようにリアリティーをほぼ放棄している。徹底したエンタメだ。
でも荒唐無稽なだけの映画ではない。実は周到に推敲された脚本だ。映画の冒頭で、中学教師が乗るバスをジャックして皇居に突撃する旧日本軍の軍服姿の老人が登場する。主人公と刑事の因縁の伏線となるエピソードだが、これに皇居や天皇を絡める必然性は全くない。どう考えても摩擦係数が高すぎるオープニングだ。でもゴジさんはこのエピソードにこだわった。
盗み出したプルトニウムで原爆を作った中学教師は、国家に対峙することを決意するが、テレビのプロ野球中継を試合終了まで見せろとかローリング・ストーンズを日本に呼べなどの要求しか思い付けない。
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